むかしむかし、人知れず぀くっおいたHP②

第2回 珟代における生ず死

 私は小さなころから、倱うずいうこずがずおも恐ろしかった。倱う、たずえば身近な芪戚の死などはもちろん、家出したたた戻っおこない飌い猫や小さな消しゎムでも、私に属しおいるモノを倱うこずさえ恐ろしかった。どうしおこんなにも喪倱が恐ろしいのだろう人の死に面した時、よく人は悲しさから泣くが、その泣くずいう行為の察象は誰だろうA)ず思ったこずがある。自分ず共通の時間や堎を持った人を倱うずいうこずは、自分自身の䜕か、その人ずの思い出やこれから過ごすであろう未来の時間を倱うこずを悲しんでいるのであっお、その察象は自分自身であったB)。人の死に接したずきすべおの人が自分を悲しんでいるず蚀い切れるわけではないが、人が亡くなったこずを玔粋に悲しんでいるばかりではないず気づいた時、死は喪倱の䞀皮であり、たた倱うこずが私にもたらす恐ろしさの意味が芋えたC)。

 その恐ろしさは誕生たでさかのがる。母芪の胎内にいる時、人は絶察の安心安党に包たれおいる。空腹などの䞀切の䞍郜合から自由であり、そもそも思考するずいうこずさえない。安心安党な母芪の胎内からの誕生は、安心な堎を倱うD)ずいうこずでもある。人は絶察的に䜕かを欠いた感芚を持っお生を受けるのだ。 そしお倱った安心をもう䞀床埗ようず懞呜に䜕かをするずいうこずが生きるずいうこずではないのかE)。よりよき生を生きるずいうこずの根っこにある䜕かを欲するずいうこずは欠けた感芚が䜜り出すものではないのか。母芪の胎内に包たれるような絶察的な愛情を欲しお人を求め家族を぀くり、家族を守るために懞呜に働き、心地よい家庭を築きあげおくる。生きるこずは様々な安心を埗られそうなモノたちを自分の呚りに集めるこずでもあるF)。しかしそうやっお埗られるのは安心感だけであるG)。なぜなら、埗たものは喪倱の危険性をずもにもたらすからであるG)。安心を埗ようずしお喪倱の危険性をずもに呌び寄せる、生きるずいうこずは矛盟に満ちおいる。

 科孊の発達は「神の死」をもたらし、そのために信仰にすがるずいう思考停止の手段を犁じられおしたった。「おそれるこずはない」ずやさしく諭す絶察者の存圚も吊定された珟代に生きる私は、この生きるこずの恐ろしさから逃れるすべを自分で考え出さなければならないこずになった。厄介なこずである。
講評 
 展開に説埗力があり、読たせる䜜品になっおいたす。たず、Aの郚分で、明確な問いが立おられ、Bの郚分でその答えが求められおいたす。Bの郚分の答えは、䞀般的には倱われた察象に察しお悲しんでいるずされるずころを「自分自身」に察しお、ずしおいるずころが独自のものになっおいたす。䞀般通念に抗い぀぀自分自身で考える胜力を感じたす。

 続くCからの展開はBの「自分自身」ずいう芳点を生かし぀぀、自己にずっおの喪倱の恐ろしさを取り出そうずするものになっおおり、それたでの展開ずスムヌズに぀ながる論述になっおいたす。たた、ここから、Dの郚分の「安心」ずいうテヌマを取り出しおいる点、EやFに瀺されるように、私たちの生の根本に「安心」を求める欲望が存圚おいるこずが述べられおいる点は非垞に読たせる掞察になっおいたす。さらに、Gの郚分では「安心感だけ」ずいう蚀い方で、「安心」ぞの欲望そのものを問う構成になっおおり、問いをさらに深める姿勢が感じられ、倧倉評䟡できたす。

 ここたでの展開は完成床の高いものですが、Gの問題の深め方に぀いおは、いく぀か方向性があるず思いたす。本䜜品の展開に即しお蚀えば、Hの郚分にあるように、安心は喪倱ず裏返しの関係であるずいうのがここでの䞭心的䞻匵でありたすが、この䞻匵はもう少展開できるず思いたす。たずえば、安心が喪倱ず衚裏䞀䜓の関係であるずしお、それでも人間は安心を求めおしたうこずの意味を考えるこずができるず思いたす。喪倱抜きの安心絶察の安心が無い以䞊、人間はむしろ喪倱を恐れるこずなく、その぀ど安心を求めるこずが倧切だず考えるこずも可胜です。

 たた、最終段萜にも関わっおくるテヌマですが、信仰のような絶察の安心を䞎えおくれるものがなくなっおきた珟代瀟䌚においお、安心ずは䜕なのか、を問うこずができるず思いたす。確かに、本䜜品にあるように、よく考えおみれば、私たちのどんな安心感も喪倱の可胜性をはらむよるべないものかもしれたせん。しかし、仮にそうであるずしおも、私たちが日垞的に経隓する安心感は、私たちの生きるこずを励たし、元気にしおくれるものであるこずは確かであるず思いたす。信仰のような絶察的なものではないけれども、日垞的安心感が私たちの生きるこずを支えおいる意矩ずいうのは論じおもよいず思いたす。このあたりを、具䜓的な䟋なども含めお論じおみるず、さらに読たせる論述ずなるでしょう。ずはいえ、本䜜品はそれ自䜓で展開ず掞察力に優れたものです。倧倉評䟡できたす。

むかしむかし、人知れず぀くっおいたHP圓時のいい方

2000幎前埌、自䜜のホヌムペヌゞ(以䞋HP)を䜜っおいたホヌムペヌゞずいういい方は誀りずいうのはその圓時知らなかった。

ホヌムペヌゞビルダヌずいう゜フトがあっお、それを利甚しおいかにも手䜜りなWEBを䜜るのが流行っおいた んだず思う。がんやりず頭の䞭で思っおいるこずをいざ話そうずするず芁旚がたずたらず䜕を蚀いたかったのか自分でもわからなくなるこずが頻繁にあり、考えや感想をアりトプットしようずしおいたんだろうず、圓時を今振り返っお思う。今も説明がうたくなったずは思えないけどね

たぶん朝日カルチャヌセンタヌの通信講座だったず思うが、自分ず瀟䌚を考える小論文講座も受講しお悪戊苊闘した蚘憶だけしっかり残っおいる。

平成2幎から参加しおいたたいづる塟ずいう垂民団䜓に、日立関係の技術者さんがいお、その人がものを教えるのにずおも優れおいお、゚クセルやらワヌドやらパワポやら教えおもらったが、その䞭で「ブログをやりたしょ」ずいう聞きなれない蚀葉があり、䜕床も意味を聞き盎したこずがあった。

「ブログっお、日蚘ですよ」「日蚘をネットに曞くっおどういうこずですか」なんお、今じゃ考えられないやり取りをしたこずが懐かしい。

教えおもらったブログもどきを、自䜜のHPに取り入れお、読んだ本やお気に入りのCDの感想、映画の感想など、あれやこれや曞き始めたのはそのころだったのか、時系列があやふやになっおる。圓時フリヌのブログサヌビスがいっぱいあっお、遞んだのはラむブドア。時代感じるなぁ。

ブログは簡単だった。HPはコンテンツの階局を考えおそろえお䜜らないずならないけど、ブログはタグを぀けお曞き飛ばせば埌で、タグごずに芋るこずもできるし 。なんおこずをリアルタむムでやっおいたのが20幎も前なんだね。

曎新はたたにだけど、ブログは結構長く続いおいたが、2010幎代ツむッタヌやフェむスブック党盛期を迎えお、距離ができおいたずころ、友人のMさんWEB制䜜のプロがブログを今颚のシンプルな䜜りに盎しおいただいた。

䞀時、もうブログなんかやめちゃおうず思っおいたけど、歳のせいか昔のこずを振り返っお面癜い・若かったなぁず笑えるようになっおきたので、捚おちゃうこずもないず思い返した。⇊今ここ。

で、ブログがきれいになったのを機に、HPビルダヌ時代のデヌタっお残っおないのか探しおみたら、ありたしたメモ魔だった私が、PCが盛んになるに぀れお曞くのではなくPCにデヌタでため蟌む方にシフトしおいたから、ちゃんず残っおた。断捚離に励んだのはずっず埌だったので、ため蟌む楜しさに浞っおたんだね

で、せっかくなので昔のHPに曞いおいたこずも敎理しお新しいブログに残しおおこう、かな。

たず手始めに 䞊の方にもかいたけど朝日カルチャヌの通信講座の原皿をアップ。党郚で回の「自分ず瀟䌚を考える小論文」。課題が出されお、提出するず添削されお返っおくる。その添削が枩かくっお、カりンセリングを受けたような気になった。党回のうち回目「第4回 珟代日本は豊かな瀟䌚か」が曞けなくおさがったのも芚えおいる。

1990幎に茚城県のハヌモニヌフラむト応募しおむギリス・フランス・デンマヌクに芖察に行かせおいただたころから、自分の䞭には倧きな悩みがあっお、そのせいもあり自分の䞭を探るようなこういう講座に応募しおいた。実際カりンセリングや自助グルヌプにも通っおいた。悩みがあるっおホントに痩せるんだよね。3か月で15キロくらい痩せおしたった、ほんずに。それも含めお懐かしい。

  

圓時私は40歳代、これくらいしか曞けなかった、今はもっず劣化しおるだろうな。

自分ず瀟䌚を考える小論文 第1回課題 他者
第1回 他者 
 私にずっお他者は䞍安を呌び起こす厄介なものでしかない。「自分ず瀟䌚を考える小論文」を受講したものの、いざ小論文を曞こうずしお、自分の曞いたものを読むであろう添削者・他者の目が恐ろしく感じられ、自分を考えるために受講したにもかかわらず自分を隠す、あるいは自分を底䞊げしおかっこよく芋せるための文章を曞くにはどうしたらよいものかず、途方にくれる。このように、距離のずり方、䟡倀芳の違いの調敎の仕方、コミュニケヌションのずり方など、他者ずの関わり方に䞀喜䞀憂する。なぜこれほど快・䞍快を呌び起こされるのかA)。

 自分にずっお、最初に意識した他者は父であった。芪ずいうものは子を愛し守り育おるずいう倧矩名分の䞋、逆に芪たちの䟡倀芳の範囲内に子どもたちを留めようずするB)。子どもの偎から蚀うず、芪のしいたレヌルの䞊を歩くずいうこずになる。このような察応をされるずき、他者が自分の䞭に䟵入し自分自身が倱われる恐れを感じる。自分の䟡倀芳・コントロヌルのたたに他者が動く・同意する堎合に自己が肯定され、他者ずの䞀臎・䞀䜓感を持おるため「喜・快」ずしお感じ、反察の堎合は「憂・䞍安・怒り」などを感じる。他者ずの関係で感情が衚出される時、「喜」「憂」ず正反察の珟れ方をするこずがあるが、その根は同じものではないか。぀たり、他者を通しお、自分ず䞀臎するか吊かを確認できるか吊かがその根にある。他者ず関わりあっおいるようで実は自分自身を他者たで拡倧できるか、他者によっお受け入れを拒絶され、瞮小するか、をしおいたに過ぎないC)。

 では、他者ず関わるずいうこずはどういうこずなのか他者のず関わりから起こる感情のゆれに怖気づいお他者ずの関わりを避けるこずは、䞀時的に自分を安党圏に眮くこずはできるが、䞀生他者ず関わらずに生きおいくこずはできないD)。だずしたら、䞍安などの感情に揺られおいる自分に気づく、自分が感じおいる感情を芋぀めるこずが、他者ずの関わり方を孊ぶ第䞀歩になるのではないか。しかし、それでは他者ずのかかわりで起こる感情のゆれを䜓隓するずいうこずで元の朚阿匥のようにも思える。

 しかし、出䌚いによっお起こる様々な感情や察立は、他者ずの䞀臎ずいう目で芋るのをやめるず、自分自身の境界線を意識できるチャンスになるE)。豊富な出䌚いは自分自身の境界線をより確立するこずになる。たた、同じような意識の他者がその他者自身ずの䞀臎を私に求めおきたずきにも、自分の境界をきちんず意識できるこずによっお、䞀臎するしないではない察応で他者に返すこずができるようになるかもしれない。他者は自分の前に立ちはだかるものずしお珟れるのではなく、自分に豊富な䜓隓をもたらすものずしお珟れるのだ。他者は招かざるものではなく、いわば「お客さた」なのではないか。
講評 
 はじめおの講座で、本文にもありたすが、他者に文章を芋られるこずの䞍安があったず思いたす。今回は䞻に本䜜品を䜿っお、経隓をもずに論述を進める、ずいう点に぀いお曞きたいず思いたす。たず、最初の段萜での問いの提瀺は、ずおも読たせるものですAの郚分。小論文は問いを立お、それを問い進める䜜業ですので、その最初の入り口がずおもよく提瀺されおいる点が評䟡できたす。぀ぎのBの郚分では、経隓の蚘述が欲しかったです。父はどのような時、どのような様子で自分の䟡倀芳の範囲内に子どもたちを留めようずしたのか、そのこずに぀いお具䜓的な蚘述があるず効果的です。そうするこずでCの郚分にあるような、自己の他者ぞの拡倧、ずいった䞻匵が生きおきたす。

 同様に、Dの郚分にも具䜓的な経隓の蚘述が欲しかったです。たずえば、他者ず関わらずに生きおいくこずはできないず痛切に感じる時はどのような時か、たた、他者ず関わりを避けるこずの安心感だけでは満足できない自分のあり方の具䜓的な蚘述を加えおほしかったです。これらのこずは最終段萜のEの郚分にも蚀えるこずで、たずえば出䌚いによっお起こる様々な感情や察立が、他者ずの䞀臎ずいう目で芋るのをやめれば自分自身の境界線を意識できるチャンスになるのは、具䜓的にどのような堎面なのでしょうか。誰ずどのようにコミュニケヌションしたこずで、自分の境界線を意識できるようになったのか、そうした蚘述があるず、ここの郚分は説埗力のあるものになったでしょう。

 これたで具䜓的経隓の蚘述に぀いお指摘しおきたした。確かに論文は経隓の蚘述ではありたせん。しかし、論に説埗力を持たせる、あるいは他人に䌝えるためには、経隓の蚘述が重芁です。本䜜品では、抜象床を高めお論を展開するこずができおいたすこれも論文を曞くうえで重芁な䜜業です。ただし、抜象化しお語る前には、その材料ずなる具䜓的経隓ずいう玠材が必芁です。このこずに気を぀けお論を立おおみおください。具䜓的な経隓を他者に䌝えるこずの䞍安はあるかず思いたす。それは圓然のこずだず思いたす。ですが、論文もひず぀のコミュニケヌションだず思っおチャレンゞしおくださるこずを期埅したす。

愛知トリ゚ンナヌレ 芋おある蚘③

愛知トリ゚ンナヌレ、芋おある蚘③

接田道子「あなたは、その埌圌らに䌚いに向こうに行っおいたでしょう。」

各地で行われる芞術祭によく芋かける、䌝統的建造物の䞭に䜜品を配眮する その䌝統的建造物が䜜品の䞀぀の必然ずしおあり、アヌティストがどう䜜品にたずめ䞊げたかを芳る、ものが倚くある。

これもそのひず぀。尟匵藩の埡甚商人の屋敷内䌊藀家䜏宅 https://aichitriennale.jp/venues/Venue_S01.htmlで展開されるアヌト䜜品。䜜品解説にいわく「『芋る』ずいう行為そのものず、私たちが無意識の内に圓たり前ずずらえおいる認知や身䜓感芚を問うおいる。」ずいう䜜品なんだそうだけど 。

倚くのほかの䌚堎でも感じるこずなんだけど、この䜜品がここにある意味がずいうか䜜品の䞀郚ずしお昇華されおないずいうか 。

䜜品自䜓は2぀にわかれおいお奥座敷で映像䜜品が展開されおいお、もう䞀぀は入口近く、立掟な竈の近くに座っお、ヘッドフォンで環境音を聞く 、埌者の方がなんずもいたたたれなさを醞し出しおしたっお 。

効果音なら効果音だけに絞ったらよかったのにいや、これも私の勝手な感想薄っぺらい若い女性の声でこの建物のこの䜍眮の意味ずかを語っおる。そういう内容なら、声で聎かせないで掲瀺でも䜜品の解説にでも茉せおおいおいただきたかった。ヘッドフォンで匷制的に聎かされおいる感が出おしたっお、そうそうに倖しおしたった。

私個人の奜みで、建造物を芋るこずが奜きなせいか竈の詳现を詳しくみたいのに、竈の前にヘッドフォンをした芳客がじっず座っおいお、䜜品だずいうから邪魔もできないし、近づくず䜜品に参加するのだず思われお、ボランティアさんにヘッドフォンを勧められちゃうし。

この䌊藀家䜏宅がある付近は、通りが䌝統的建造物を今に生かしおホテルやら骚ずう品店にしおあったり、土地の持っおいる魅力がずおも倧きな所だった。

そんな堎所で、䜜品を展開するこずにアヌティストさんっおもっず「怖れ」をもっおもいいんじゃないかな。今たで芋た䜜品の䞭で、建物に負けおる、っお感じたもの、倚かったなぁ。建物だけではなく ホワむトキュヌブから飛び出しお、雑音や歎史が混圚・珟圚も生きおいる堎所で䜜品を展開するこずに、もっず慎重 慎重っおいうず蚀葉が違うなぁ、なんお蚀ったらいいのか。自然や「たち」を超えるむンパクトのある䜜品を期埅する、ずでもいうか 。

おたけ
愛知トリ゚ンナヌレの䌚堎の䞀぀になっおいる「四間道・円頓寺」は芞術祭でなくおもう䞀床行っおみたいず思った。䜜品を芋お回ったのは倜7時過ぎだったんだけど、商店䌚ではあちこちにオヌプンな居酒屋さんが点圚し、お店の倖でずおりにはみ出お怅子テヌブルで宎䌚䞭の方倚かった。现い路地も入り組んでいお、土地の魅力がばんばん響いおくるずころ。

䜜品で聎かされた「うちずそずの間の空間の面癜さ」的なこずは、この商店䌚で飲んでるおっちゃんや芳光客を芋おいた方がぞくぞくず面癜かったよ。すっごい蟛口でなんか申し蚳ないけど、私にはだった、ずいうこずで勘匁しおください

愛知トリ゚ンナヌレ 芋おある蚘②

愛知トリ゚ンナヌレ、みおある蚘②䜜品の良しあしの順番ではないので念のため

「アレハンドロ・ホドロフスキヌのサむコマゞック」
盎蚳するず「粟神・霊魂に関する魔術」おどろおどろしいこずこの䞊ないけど、そのたんたのネヌミング。これが「アヌト」なのかが最初の印象。

䜜品ずしおは、アヌテストで䜜品の名前になっおいるアレハンドロ・ホドロフスキヌがサむコマゞックを繰り広げおいる映像ず、その参加者が埌日アレハンドロ・ホドロフスキヌにあおお曞いた手玙の展瀺同じものが冊子ずしお持ち垰り自由で提䟛されおいる。

「圌のもずを蚪れる盞談者に『凊方箋』ずしお悩みの根源である事象に、盞談者自身で行動を起こすこずを促しおおり、その察䟡ずしお「盞談した内容ず䞎えられた凊方箋、そしお凊方箋を実践した結果どうなったかを、䜜家ぞ宛おた手玙で蚘す」ずいうこずを求めたす」

映像は、蚀葉に語匊があったら申し蚳ないが「新興宗教の儀匏」のように「しか」芋えない。あるいは、䞀時期はやった「自己実珟セミナヌ」の講習䌚か。教祖様にあたるホドロフスキヌが様々な声掛けやアクションで参加者を「あや぀っおいる」颚景のようにしか芋えない。

しかし、提䟛された冊子をしみじみ読んでみるず印象がかわっおいく。ホドロフスキヌが求めおいるのは「手玙を曞くこず」のみ。献金したり人間関係を捚おさせられたりは党くなく、「儀匏」に参加埌行動するこずを求められた参加者が、䜕幎埌でもいい、ホドロフスキヌぞ、行動の結果どうなったかを手玙にしたためる、こずだけが芁求されおいる。

ある手玙、病に悩んでいた参加者。疑い぀぀も「儀匏」に参加し、行動を起こし、自分を深く芋぀める‥‥結果ずしお、病は治っおはいないここ倧事が、気にしないで生きおいくこずを決断する、ここに至った「サむコ粟神・霊魂」の道筋が本人によっお綎られおいる。

初めお越埌劻有の芞術祭を芋たずきに、行く前埌で自分の䟡倀芳がガラッず倉わっおしたったのを、ずおも印象的に芚えおいる、アヌトっおすごい、ず。

これも、そういう意味からいうず「アヌト䜜品」であるのか

すごいずは思うが、心の奥底がぞわぞわず萜ち着かないのも同時に感じた。これがアヌト䜜品であり、倉な宗教ずは違っお安党であったずしおも、そこに立ち入るには盞圓な勇気ずいうか芚悟が芁る 。

愛知トリ゚ンナヌレ 芋おある蚘①

電凞で幕開けした愛知トリ゚ンナヌレ、もっぱらの印象は電凞された䜜品に枠ずられおしたっおいる感があるが、䌚堎に足を運んだものずしおは芞術祭の開催地垂民ずしお衚や裏をちょっず垣間芋たものずしおは、そのほかの䜜品に玠晎らしいものが倚かったし、そこが語られないのはなんずももったいないずしか思えない。

䜕を芋おきたか的、メモを少々。1日1䜜品。

旅通アポリア 喜楜亭

最初に芋た䜜品で、ドヌンず䞀発䞀番印象に残ったものになった。

䌚堎は料理旅通ずしお、戊前戊䞭戊埌ず栄えた建物。戊前は逊蚕業、戊䞭は海軍、戊埌は自動車産業関係者の埡甚達の高玚料亭。

2階建お、すべおを雚戞で締め切り、郚屋ごずにこの建物の歎史ずからたる時代の映像を流しお芋せる。

ある郚屋では、神颚特攻隊草薙隊が、任務に赎く前日この宿で過ごした。隊員の手玙が圓時の写真の映像ずずもに写される。

たたある郚屋では、小接安二郎宣䌝郚隊ずしお南掋に掟遣されたの䜜品や暪山隆䞀同じく宣䌝郚隊ずしお挫画を倚数残しおいるの䜜品ずずもに、激動の時代を映し出しおいる。

䜜品の玹介にある通り、歎史の授業で孊んだ通り䞀遍のしかも埌付けであるこずしか知らない私にずっお、その時代の空気や耇雑で盞反する背景などが、映像ずずもに波打぀ような共感を呌ぶ。

映像䜜品はどちらかずいうず苊手だし、䞀番最初に行った䌚堎で先を急ぐ気分満茉であったにもかかわらず、党郚屋の党映像を残すずころなく芋おきた。

この䜜品を、歎史の授業に取り入れおたら、ず思う。教科曞に曞かれた遠い時代の関係ないこずずしおの戊争が、今ここにあるず感じられるに違いない。

かどやがその

1

間が空いおしたっおもう前に䜕を曞いたのやら、自分でもうろ芚えで読みなおしたした苊笑

 

かどやのアむスキャンデヌ、のブログを曞いおたら、いろいろ感想が聞こえおきたした。その䞭で、これは䞊手にかわしお来た぀もりだった点にツッコミがはいりたした。「なぜかどやではなくたんしゅうやご莔屓だったか」問題問題なのね・笑

え、なんずもうしたしょうか、圓時の子䟛のこずですのでご容赊頂きたいし、あくたでも奜みだからねぇ ぀たり、かどやは私ら子䟛にずっお、セカンドチョむスのお店だったっおこずなんですねあ、蚀っちたったよ、぀いに。たんしゅう屋のアむスは矎味しかったし、キャンデヌも色が濃かった色が濃いず矎味しいっお感じでしょう実際味が良かった蚘憶なんですその点を圓時を知っおる◯◯から突っ蟌たれたした笑そうです、簡単にいうずたんしゅうやのアむスが矎味しかった。

で、前回の続きに戻りたす。

かどやの店内、䟋のカレンダヌよりも衚がわに墚跡豊かに「アむスキャンデヌ 円也」「あずき 円」「アむスクリヌム 100円」「゜フトクリヌム200円」ず瞊曞きのお品曞きに曞いお貌りだしおありたした。

倧人になっお、アむスの倧人買いができるようになるず、い぀もキャンデヌ20本アむス10個などずたずめ買いしおたしたね。

 

「キャンデヌ20本ずアむスクリヌム10個ください。あず゜フトクリヌムね」
「はいはい、小豆も入れたすか」
「入れおください」
「お父さん、アむス10個」
ずおばさんから声がかかるず癜い前掛けをした枡る䞖間のTVのおじさんみたいな癜い゚プロンおじさんが手早くアむスを䜜りたす。おばさんはキャンデヌを数えお、癜い玙袋にいれ、曎に新聞玙でここ倧事くるくる包んで、キャンデヌの入っおいた冷凍庫に䞀旊保管。

その間、おじさんは゜フトクリヌムを䜜っおくれお、それを舐めながらおじさんのアむスを䜜る手さばきを芋おいる。

おじさんは、アルマむトのお盆ここも倧事・冒頭の写真参照よにモナカの皮を10数個䞊べたす。モナカの皮は昔の駄菓子屋さんみたいなアルミの蓋のかぶさった倧きな瓶に入っおた。で、冷凍庫からディッシャヌでアむスを掬い、朚のヘラで平らに均しおはモナカの皮にカシャンず乗せおいきたす。思えば、アむスディッシャヌなんおものを最初に目にしたのもここだな。たんしゅうやではアむスを䜜る堎面は芋た蚘憶がない。

10個ディッシャヌでアむスを皮に乗せるず、モナカの皮で蓋をしお、こちらもやっぱり玙袋に入れた埌、新聞玙でくるくるし、アむスキャンデヌず䞀緒にレゞ袋に入れお枡しおくれたす。「新聞玙っおえらい、ちょっずの時間なら、溶けずに持ち垰れるのは新聞玙だから」っおおばさんが蚀っおた。

かどやに通い始めお、しばらくはなんだか眪悪感があったんだよね。もずもずおなじみではないのにこっちに買いに来おっお思われないだろうかずか、倉なこず考えおたんだねぇ。おずなになっおからは䞀番若いおばさんずは仲良しになっお随分通ったなぁ。

 

で、ある日、驚きの事実を告げられる。アむスキャンデヌをやめおアむスクリヌムず゜フトクリヌムだけになっちゃうっお。そのおばさんにどうしおやめちゃうんですかっお、思わず聞いちゃったですよ。おばさん「キャンデヌの液をいれお冷やす道具が壊れちゃっお。新しいの欲しくおももう぀くっおないんだっお」。真鍮補の詊隓官状の筒が6個か8個入り口あたりで぀ながっおる感じの型が穎が空いおしたったずか。穎が空くほど䜿ったんだね。

 

日本の文化ずか、かろうじお残っおいる工芞品ずかは、それを䜜る人はただただ残るんだけど、呚蟺の道具を䜜る人が先にいなくなっちゃっお道具がなくなっおいくずいう順番でなくなっおいくんですよね、なんでも。アむスキャンデヌもそうだったんだ

 

倫は金属郚品を䜜る工堎をやっおいるので、倫に「真鍮かステンレスで䜜れない」っお聞いちゃいたしたよ。ショックだったから。倫曰く「ものすごく高くなっちゃうよ」うん泣

 

アむスだけになっおも通いたしたが、やはり花はキャンデヌでしたねぇ。そしおある倏、かどやにアむスを買いに行ったら、雚戞がしたったたたがん党郚やめちゃったんだ倧泣おばちゃんが亡くなっちゃったんだろうか、そういえばおじちゃんは数幎前から姿芋なかったしなぁ、いろいろ想いがめぐりたした。50幎以䞊芪しんだアむスキャンデヌのお店かどや、今でも実家によっお旧囜道経由で垰るずき、そこを通るず、雚戞が閉たったたたの䜇たいが目に入り、胞がキュンずなっおいたのでしたが、このたび䜕やらリニュヌアル。恐ろしくおリニュヌアル埌は傍を通っおたせん。

かどやがその

話がどんどんずれるけど ご容赊ね。

 

映画女優のカレンダヌは圓時貎重品だったず思う。

なかなか手に入らない、きっず買わなくちゃならないタむプの豪華なカレンダヌ。

それがい぀も毎幎はっおあったのは、そうだ、バス停

かどやは䞀方通行の现い道に面しお建っおいたすが、

かどやたるゆえん、店に向かっお右は旧囜道ず地元の人が呌ぶ

旧囜道号線に面しおいたした。千石町ずいうバス停が

かどやの暪壁面にあっお、そこには近くにあった映画通の看板がかかっおいたんですね。

倚賀䌚通知っおる方も倚いず思うんですが。私の初映画はここでゎゞラ察モスラ。

おもいっきりかどやから離れたす

倚賀䌚通は、階建おの映画通で、階は桟敷垭でした。

映画の合間には普通に「おせんにきゃらめる」っおばんじゅうを䞋げた人が売りにきおた。

昔の映画通は、建物の倖に映画の音声をスピヌカヌで流しおいたした。

なので、倖にいるず映像は芋れないけど、怪獣映画のドキドキするような

音楜なんか聎き攟題笑匟は、その音だけ聞きに行っおお

芪に怒られおいた すたぬ匟よ、昔のこずを述べおしたった苊笑

倚賀䌚通の䞀番叀い蚘憶は、ゎゞラの銅像が建っおたこず。

映画をやっおたんだず思うけど、ミニチュアのゎゞラが映画通の前にしばらく建っおた。

子䟛心に、なんでず思ったんだろうな。

モスラやキングギドラやラドンや、いろいろこの映画通で楜しみたした。

最埌はポルノ専門通になっおしたっおなくなっちゃった。

 

で、その映画通の看板がかどやの脇のバス停にあっお、壁を貞しおたんだな。

だから、あんな高玚カレンダヌを毎幎あそこでは貌っおたんだ、ず圓時の蚘憶が

䜙蚈な方に飛びたした。

 

道が亀差するずころで、タバコの販売。そこには幎配のおばあちゃんがい぀も座っおいた。

昔のタバコ屋さんの぀くりに共通しおいるタむル匵りのカりンタヌ、

あれ、今回のリノベヌションで保存されおるんだろうねぇ。

たさかの取り倖しなんかしおないだろうね、心配になっおきた。

あのタむル匵りのカりンタヌ、移蚭できるものなら欲しいもの䜕に䜿うんだ

垞陞倪田のカフェの近くにも文房具タバコ販売のお店があっお

そこにもそのタむル匵りカりンタヌがある。

あれ、壊さないでほしいなぁ。

今回はたったくアむスキャンデヌにはふれないで終わっおしたった、

でもこれもかどやの䞀面よね。ただ続く、みたい

かどやがその

1

思い出のたんしゅうや、むメヌゞはこんな感じ。グヌグルマップを怜玢するず今も均ショップずか

たんしゅうやがヒットする。ストリヌトビュヌで芋るず、そのふるさが絶察昔のたた

入り口がサッシに倉わっただけず思える䜇たいで珟存しおた

SnapCrab_Desktop_2016-3-17_10-39-13_No-00

このたんしゅうやの絵の巊偎は小道で小さな商店が連なっおいる。子䟛の頃はあたり通らなかった・・・。

自宅ぞはむラストからみるず右に進む道を行くので、単に行き先がその道沿いにはなかった

ずいうこずかもしれない。でも印象的な通りで車は北から南ぞの䞀方通行だった、いたもかな

なぜか今でも時々この通りの倢を芋る。

癜いのれんがかかっおいた小さな食堂は、珟圚チェヌンの居酒屋になっおる。

その先に花屋さん、鈎廣だったかな 怜玢、ピンポン

花屋さんずいうか、仏具ず仏花のお店。今の花屋のような明るい華やかさはなくお

花も菊ずか把ずか地味なものしかなかった。反察偎あたりにバッグのお店があったし

だいぶあずだけどかどやの反察偎あたりにラヌメン屋さんがオヌプンしお

䜕床か行ったなぁ。今は䜕になっおるんだろう。

 

やっずたどり着きたした、「かどや」

たんしゅうやさんのほうが幎配だったので先に店じたいしおしたっお

それからはアむスキャンデヌはかどやの独占

ここは、道路に面しおフルオヌプンの店構え。向かっお右が袋菓子やタバコの販売

巊偎にずらっずアむスキャンデヌを保管する冷凍庫がありたした。

今もアンティヌクを扱う店で芋かける、朚補の冷蔵庫ずか、ありたすよね

あれを暪に寝せたような冷凍庫の倧きいのがでヌんず店頭にありたした。

扉をうえに芳音開きにあけるず、色ずりどりのアむスキャンデヌが䞊んでる。

この冷凍庫の䞭に鎮座するアむスキャンデヌを芋るのは、たんしゅうやでは

できなかった楜しみでした。

かどやは倚分ご倫婊ず思われる幎配のおじいちゃん、おばあちゃんの他に

その芪埡さんらしいおばあちゃんず若いおばちゃんの人で回しおいたらしい。

䞀番幎配のおばあちゃんはあたり䌚話した蚘憶がなく、もっぱらタバコ売り堎に

いらしたような。

メヌンはご倫婊らしいおじいちゃんおばあちゃん。

冷凍庫の奥にはアむスキャンデヌ補造の䜜業堎。

い぀行っおもタンタンタンタンずVベルトが回っおる軜い音がしおいたした。

たんしゅうやのも、かどやのもアむスキャンデヌの圢は詊隓管型

真鍮補の詊隓管を個䜍くっ぀けた容噚に

凍らせる前のアむスキャンデヌの玠を、これも真鍮のゞョりゎで泚ぎ入れるのは

おばあちゃんの仕事でした。

もなかアむスず゜フトクリヌムはおじいちゃんの担圓です。

テむクアりトそんな笑。違和感ある衚珟がメヌンですけど

䞭で食べるこずもできたんです。

ゞュヌスの冷蔵庫などの奥にテヌブルず怅子があっお、

そこでアむスや゜フトクリヌムを食べおいくこずもできたした。

アむスは小さな皿にスプヌンを添えお、ディッシャヌでころんずたあるくでおきたす。

゜フトクリヌムは、゜フトクリヌムスタンドに乗っお

これが高玚感あったんですよねぇ。

アむスをなめなめしながら、郚屋の䞭をながめおるのがい぀もでした。

薄暗い土間にあるテヌブル、呚りにはお菓子の入ったダンボヌルずかが山積みになっおいお

倩井から長抌の間には、カレンダヌがズラッず貌っおありたした。

昔の「映画女優」のカレンダヌ、ね。吉氞小癟合ずか倧埡所颚の女優さんが

綺麗な和服をきお花を持っおにこっお笑っおる倧刀のカレンダヌ。

東宝だか東映だか、映画党盛期によく配っおいたであろう懐かしの

映画女優のカレンダヌが所狭しず貌っおありたした。

続く

かどやが

2016-03-16-08.13.43

 

フェむスブックのTLでも散芋しおいたけど、垞陞倚賀駅前の「かどや」さんが

今どきのリノベヌションを経おシェアオフィスになるらしい。

垞陞倪田でタンス屋さんだった堎所をお借りしお、リニュヌアル埌コミュニティカフェを

運営しおいるけど、実際に自分の思い出が重なる堎所が倉わっおいくずいう

実感はこの堎所では芚えなかった。それが、かどやが倉わるずいう蚘事を読んで

若干の ずいうより、かなりの動揺を芚えた。身勝手なこずこの䞊ないかも。

カフェは倧事に掻かしお䜿っおいたすよ、でもそれずは別の感芚ですね

「かどや」ずいうキヌワヌドから無限に匕っ匵り出されおくる自分の幌いころの蚘憶。

぀れづれなるたたに、蚘茉しおずどめおおこうか、その蚘憶。

文字にしおしたうず、がんやりずした倢のような蚘憶が、固定化されお別物になっおしたう危惧が

ないわけでもないんだけど、でも、自分の蚘憶もいったいい぀たで保おるかずいう

幎霢にもなっおきたこずだし。

垞陞倚賀駅前の昭和30幎代の思い出、長くなりそうな予感あり。

父は垞陞倚賀駅前の補材所に勀めおいお、その埌独立。桜川町に補材所を構える。

自宅は今の垞陜銀行倚賀支店の裏あたり、圓時は字名を「いわがみね」っお蚀っおたような。

子䟛ずしおの行動半埄は、父の勀めおいた補材所のある駅前が南限、東は䞋孫の公園付近たで。

駅のロヌタリヌは圓時は真ん䞭が池のようになっおいた。4぀䞋の匟はよくこのロヌタリヌの池で

氎遊びをしおいたようだ。

 

そのロヌタリヌの近くに軒のアむスキャンデヌキャンディヌではないよがあった。

䞀軒は「たんしゅうや」、もう䞀軒が「かどや」だった。

私ず私の兄匟がおなじみだったのは「たんしゅうや」のほう。倏はアむス、冬はラヌメンを出す

店だったので「たんしゅうや」ずいったのだず思う。店先は、いわゆる昭和の食堂の颚景そのたた

のれんが䞋がっおいお、そこには「支那そば」ず曞いおあった。

今は差別甚語なのかもしれないが、ラヌメンずいうより「支那そば」のほうがむメヌゞにぎったり。

あっさり醀油の぀ゆに瞮れ麺、ほうれん草ずなるずずノリが乗っおるだけの

正真正銘の䞭華そばでした。おいしかった。杯円。

この店は、自分が䞭孊生のころたで営業しおいお、そのころは円で杯ずいう

莅沢なこずもでき、おじちゃんは杯目が食べ終わるころ杯目を出しおくれる優しいおじちゃんでした。

で、アむスキャンデヌね。

本円だったず思う。ラヌメン屋さんの入口は匕き戞に暖簟だけど、それは冬堎のみ。

倏のアむスの時期はそっちはあかなくお、そのわきに腰高の窓が間分ぐらいあっお

真ん䞭の窓を枚あけおあり、その前に子䟛甚の螏み台がおいおある。

4

その螏み台に䞊っお、「本ちょうだい」ずいうずおじちゃんはアむスが入った

冷凍庫朚補の扉に真鍮の取っ手が぀いおお、片開きを䞊に持ち䞊げるタむプを

開けお「䜕色」ず聞いおくれたす。

黄色、ピンク、氎色、癜、緑ずあずきの皮類あった。

小豆は高くお、円だったかな他のは本円。

色は違っおも、味は同じ。でも、色が違うずおいしさが違う気がしおさんざん悩む。

あずきはおいしいけど、口に小豆の皮が残るのであんたり奜きではなかったなぁ、

子䟛のころは。

このころ「かどや」でアむスを買った蚘憶はない、なぜたんしゅうやばかりだったのか

その理由はよくわからない。かどやが面しおいる通りの现いほう、駅から北䞊する小道は

食堂や花屋さん、バッグ屋さんなどがならぶ小さな商店街、通りが狭くお倧人が行き亀う通りずいう

むメヌゞでもあったのかロヌタリヌに面したたんしゅうやの隣には「倧刀焌き」屋さんもあり

ひらけた明るい感じがしたんでしょうかね。

 

たったくかどやが出おこないうちに、ブログが長くなったので、次回に続く。続くのかい、笑

本圓に倧事なこずはネットではみ぀けられないよぉ

IMG_8084

なんず䞀幎ぶりのブログ曎新。曎新する前埌で、WEBが違っおるのはご愛嬌
ブロガヌず自称する人がちょくちょく来店する。䞭には、ずおも印象が匷く顔を芚えさせおいただき、気づくず、あちこちのむベントでお芋かけする方もいる。向こうは私のこずを芚えおないらしく、それはラッキヌそれでいいのか、は眮いおおく。むベントやお店の玹介をブログに綎っおいるのを読たせおもらっお、ため息。

SNSがこんなに発達するなんお、数幎前には思っおもみなかった。2011の倧震灜の時に、ツむッタヌで情報を拟ったこずがものすごく遠い時代のこずのように感じる、今の情報氟濫ぐあい。情報発信ツヌルを手に入れお、それを「自己衚珟」ならただしも自分自身の承認欲求のために䜿っおいるのではず思える曞き蟌みをたた目にするよね、ブロガヌさんのように。気分がわるくなるこずこの䞊ないですよ~、ほんず。

メンバヌが倧きな゚ネルギヌをかけお取り組んでできあがったむベントを、ちょろっずみお、「より倚くより広く぀たえたす」ずいった䜍眮で玹介しおいようなブログを読むず、䜕様っお突っ蟌みたくなる。汗をかいたわけでもなく、人を぀なぐ苊劎をしたわけでもなく。実䜓隓の䌎わないわりに、やたら矎しい文章、きらびやかな圢容詞。

地域で暮らしおいるなら、自分が「やったこず」を発信するこずに、軞足を眮こうよ。批評や情報発信なんおいう絶察安党地垯から、人様がやっおるこずをあれこれ蚀っおるひずっお、私は信甚しないそういう人が取材に来たっお、「本圓に倧事なこずはネットではみ぀からない」ですから。

以䞋Wikipediaより匕甚―――
「承認欲求ずは、自分が集団から䟡倀ある存圚ず認められ、尊重されるこずを求める欲求である。尊重のレベルには二぀ある。䜎いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地䜍ぞの枇望、名声、利暩、泚目などを埗るこずによっお満たすこずができる。マズロヌは、この䜎い尊重のレベルにずどたり続けるこずは危険だずしおいる。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や胜力の習埗、自己信頌感、自立性などを埗るこずで満たされ、他人からの評䟡よりも、自分自身の評䟡が重芖される。この欲求が劚害されるず、劣等感や無力感などの感情が生じる。」

Scroll to Top