かどやが!


2016-03-16-08.13.43

 

フェイスブックのTLでも散見していたけど、常陸多賀駅前の「かどや」さんが

今どきのリノベーションを経てシェアオフィスになるらしい。

常陸太田でタンス屋さんだった場所をお借りして、リニューアル後コミュニティカフェを

運営しているけど、実際に自分の思い出が重なる場所が変わっていくという

実感はこの場所では覚えなかった。それが、かどやが変わるという記事を読んで

若干の…というより、かなりの動揺を覚えた。身勝手なことこの上ないかも。

(カフェは大事に活かして使っていますよ、でもそれとは別の感覚ですね)

「かどや」というキーワードから無限に引っ張り出されてくる自分の幼いころの記憶。

つれづれなるままに、記載してとどめておこうか、その記憶。

文字にしてしまうと、ぼんやりとした夢のような記憶が、固定化されて別物になってしまう危惧が

ないわけでもないんだけど、でも、自分の記憶もいったいいつまで保てるかという

年齢にもなってきたことだし。

常陸多賀駅前の昭和30年代の思い出、長くなりそうな予感あり。

父は常陸多賀駅前の製材所に勤めていて、その後独立。桜川町に製材所を構える。

自宅は今の常陽銀行多賀支店の裏あたり、当時は字名を「いわがみね」って言ってたような。

子供としての行動半径は、父の勤めていた製材所のある駅前が南限、東は下孫の公園付近まで。

駅のロータリーは当時は真ん中が池のようになっていた。4つ下の弟はよくこのロータリーの池で

水遊びをしていたようだ。

 

そのロータリーの近くに2軒のアイスキャンデー(キャンディーではないよ)があった。

一軒は「まんしゅうや」、もう一軒が「かどや」だった。

私と私の兄弟がおなじみだったのは「まんしゅうや」のほう。夏はアイス、冬はラーメンを出す

店だったので「まんしゅうや」といったのだと思う。店先は、いわゆる昭和の食堂の風景そのまま

のれんが下がっていて、そこには「支那そば」と書いてあった。

今は差別用語なのかもしれないが、ラーメンというより「支那そば」のほうがイメージにぴったり。

あっさり醤油のつゆに縮れ麺、ほうれん草となるととノリが乗ってるだけの

正真正銘の中華そばでした。おいしかった。1杯50円。

この店は、自分が中学生のころまで営業していて、そのころは100円で2杯という

贅沢なこともでき、おじちゃんは1杯目が食べ終わるころ2杯目を出してくれる優しいおじちゃんでした。

で、アイスキャンデーね。

1本5円だったと思う。ラーメン屋さんの入口は引き戸に暖簾だけど、それは冬場のみ。

夏のアイスの時期はそっちはあかなくて、そのわきに腰高の窓が2間分ぐらいあって

真ん中の窓を2枚あけてあり、その前に子供用の踏み台がおいてある。

4

その踏み台に上って、「1本ちょうだい!」というとおじちゃんはアイスが入った

冷凍庫(木製の扉に真鍮の取っ手がついてて、片開きを上に持ち上げるタイプ)を

開けて「何色?」と聞いてくれます。

黄色、ピンク、水色、白、緑とあずきの6種類あった。

小豆は高くて、10円だったかな~?他のは1本5円。

色は違っても、味は同じ。でも、色が違うとおいしさが違う気がしてさんざん悩む。

あずきはおいしいけど、口に小豆の皮が残るのであんまり好きではなかったなぁ、

子供のころは。

このころ「かどや」でアイスを買った記憶はない、なぜまんしゅうやばかりだったのか

その理由はよくわからない。かどやが面している通りの細いほう、駅から北上する小道は

食堂や花屋さん、バッグ屋さんなどがならぶ小さな商店街、通りが狭くて大人が行き交う通りという

イメージでもあったのか?ロータリーに面したまんしゅうやの隣には「大判焼き」屋さんもあり

ひらけた明るい感じがしたんでしょうかね。

 

まったくかどやが出てこないうちに、ブログが長くなったので、次回に続く。(続くのかい、笑)

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