ウメサオタダオ展


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東京へ行く用事があるとき、いい展覧会がやってると、超ラッキー(*^_^*)今回は、ウメサオタダオ展へGO!

知的生産の技術を書いた人ね、ってのはホンのホンの一部でしかない・・・ってことに唖然とした会場の展示でした。
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言葉がでません・・・
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活版印刷!


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子育てが一段落して、趣味をいろいろ広げていたころ、手織りの教室の見学をして、そこの主宰者の生き方を聴き、自分の来し方をいろいろ考えたことがあった。

そこそこ(あくまでもそこそこ)できたので、進学校に進んだのはいいけれど、学びたい意欲と自分の好きなことは=ではなくて、せっかくの思春期に深く考えることもなく、流されるままに受験して挫折してくじけちゃった10代ラストと20代のほとんどを、思い返せば悔やむことばかりで・・・。

その20代はただ趣味/習い事しか楽しみが無かったような記憶。音楽とお茶とお花とそのほかのこまこました遊びの中に、蔵書票をゴム版画で作ったり、和紙でとじたノートを作ったり。今なら、ハンドメイドの雑貨イベント大流行だけど、その頃はそんな「場」もないから、ひたすら自己満足。

手織りの教室の先生も、後から詳しく聞くと、最初からその道へ進もうと思っていたわけではなかったそうな。それでも、かなり若い時期から手織りというものに「出会えて」その道を進めたということに、なんともうらやましく思ったものだった。

そういう思いの反動からか、子育てに一段落したころから趣味の習いものに掛ける時間が広がり、気の向くままにあれこれ習ってきた中で、昔自分はこういうことが好きだったんだったと思い出したのは、本の装丁と今回参加の活版印刷だった。

思い立ったが吉日とワークショップ参加申込みをしたのはいいけれど、会場は国立!?武蔵境なんて小さな駅に一度だけ大学見学でおりたことがあるくらいで、東京の田舎なんて、世代違いの感覚しかない町。東京から40~50分もあればつくだろうと思っていたら、なんと遠いことか。1時間はゆうにかかった。

遅刻気味でたどり着いたのは小さなギャラリー、国立本店。8畳間もないほどの狭い空間の中央に活版印刷の機械がどーーんと設置。先について作業をしていた人が既に印刷をしている。

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判型を組み、樹脂でつくった図柄を貼り付け、活版印刷の機械に設置、ガシャコンとプレスしては1枚仕上がりという作業は、正味10分もかからない。10名弱の参加者たちがそれぞれ用意した図柄を印刷するのを眺めていた時間の方が長かったか(*^_^*)

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刷り上がった封筒(上) 同じくカードと判型(下)
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判型を組むとき、説明してくれるのは主宰者の九ポ堂さんの先代さん、にこやかに活版印刷の苦労などを語りながら教えてくださるその雰囲気がとても良かった。

オリジナルでつくっている「商店街」シリーズの絵はがきが素敵。こういう絵はがきをカフェオリジナルでつくって見たい。さらに、鯨ヶ丘の商店会有志でこんなしゃれた絵はがきを作ったらとてもいいのになぁ。

楽しい時間はあっという間、東京まで戻る時間を考えそそくさと会場を出たら、正面に都会っぽい八百屋さん。茨城だったらおしゃれなカフェでもやれそうなつくりの店に野菜が並んでいる。野菜のような単価の安いものを売って、これで商売が成り立つなら、常陸太田だって何とかなるんじゃないかと思っちゃう私は、考えが足らないのか?

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塩こうじも売ってました。「この麹は生きてます」の意味が分からず、帰って味噌やさんに訪ねたら「酒精」を入れると発酵がとまるのだそうだ。スーパーなどで売っているものは、発酵し続けるとこまるので、酒精が入っていると。なるほどね。
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大成功イベントに思うこと


先月初め、気になっていたイベントに出かけた。イベントの大敵、雨の予報があり、当日小ぶりにはなったものの雨は降っていたが、会場は朝から大賑わいだった。

野菜生産者と料理人とデザイナーがコラボし、茨城の美味しいものを提案していくとの企画。コンセプトはしっかりしてるし、FBやツイッターでの事前盛り上がり具合は10月に開催されたカミスガに引けを取らない感じだったので、当日の賑わいはさもありなんと納得のものだった。

1000円で3枚綴りのチケットを購入し、1枚で各出店でその店のメニューが1個購入できる。友人と行くつもりで2枚購入済みがドタキャンとなり、自分一人で6枚使うのは…ちょいとお腹が大変でした。それでも、目星お店は並んで味見&様子見。正直な感想は「イベントは大成功」

美味しそうなものがおしゃれなテントに並ぶ「イベント」としては素晴らしいものだと思う。第1回目ということでいろいろ割り引いて見ないと行けないとは思うものの、コンセプトとしての茨城県のおいしい物を訴えるってのはどうだったのだろう?

地元で有名な野菜生産者さん、コラボ相手はこれまたおいしいと評判のスペアリブ。そのスペアリブの上にパラパラと小ねぎがふりかけてある…、、これを「コラボ」と言うのだろうか?添えものとしてマッシュポテトと炭化させたレンコン(マッシュポテトのスプーンとして使うのかな?)。頭に?がついてしまう。

料理人の代わりに水戸の3つの学校の生徒さんたちが加わり、若者目線での企画メニューもあった。どうしても気になるのは地元「常陸秋そば」の文字、それも購入。常陸秋そばを使用したスポンジケーキ入りパフェ。女子大生らしい企画メニュー。縁日でビールをいれるような大きめのプラカップに、シリアル、そば粉使用のカットスポンジ、フルーツ盛りだくさん、きな粉かけ黒蜜かけ…。そば粉なんか使う必要ない。

健闘していたかな、と思ったのはライスバーガーに刻み野菜たっぷりの塩味あんを挟んだもの。他にも肉じゃが風あり、蒸し野菜たっぷりのトマトスープなど、もうお腹いっぱい。

地元ではいろんなイベントに首をツッコミ、企画する側で参加することが多いが、今回は全く顔も知られてなくパンピー状態で参加できたので、テーブルで食べているときにも、周りの人の率直な感想がモロに聞こえてくる。自分の感想も同じ。

もやもやを抱えたまま、11月後半の地元の祭となり、カフェでは木の里農園さんの野菜を販売、奥さん手作りの野菜スープ(刻んだ野菜をコンソメで煮ただけ、ミネストローネ風)も販売。こちらも雨の中寒かったせいもあるだろうが、人気でした。身びいきでそう思うのか、じっくり自問自答してみたが、やっぱり木の里さんの野菜スープの方が美味しかった。なぜ?

長い間、食卓に登り続けてきたメニューは、それなりの理由がちゃんとあるのよ。野菜のおいしい食べ方素材を活かす料理、いろいろな人が色々な時代にそれぞれ工夫して料理してきたんだろうけど、その中で今も作られ続けているのは、手軽なものも中にはあるだろうけど、第一は「おいしい」からに違いない。

イベント会場で頂いたアイデア料理、斬新なメニュー、「美味しかったぁ、また食べたい」or「作ってみよう」って思うもの、なかったなぁ。今回の企画、「イベント」としては大成功、それは最初に言ったとおり、でもコンセプトに沿った「成功」はあれらのメニューが企画したレストランで定番のメニューとなり、お客様に人気になる、ってところではないだろうか?そのあたりの事後検討が聞いてみたい。

先日ツイッターでB級グルメには型があるという記事を読んだ。記事の中の「開発型」メニューと同じような印象を、このイベントで感じた。伝統的に食されていたご当地メニューが「B級グルメ」として仕掛けられたら大人気という、そのこと自体にも、どうなのよと思うから、なおさらすっきりしない感がたくさん残ったイベントでした。

カミスガの大成功もこのイベントも、一番の鍵はSNSを駆使して情報を発信し、今までの「まちづくり」系の事業にはまるで引っかからなかった層が関わっていること。そしてその人達をイベントを創り上げるプロセスを可視化することによって、当事者として関わらせることに成功したこと、そのことにあると思う。やってることは、そんなに違うものではないなぁ、というのが2つ参加しての感想です。

カミスガ、一回目のエンディングで代表の胴上げが行われたっけ。会場でそれを見ていた私は「ドン引き」した。一緒に見ていた商店会長さんは「昔を思い出して、セピア色の風景に見えました。」と言ってました。恥ずかしい青春の思い出という感じでね。なるほど、昔はみんな若かった、というオチで、なるほど。
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龍~天井画


来年は辰年、ちなんで辰の特集を組むフォンズ。常陸太田市の辰がらみを集めまくってます。常陸青龍・鶴龍会・太田一高・龍の看板・橋桁などなど

若宮八幡宮さんの天井に龍の絵があるときき(多くの神社にあるそうですが、太田というとまずは八幡様なのね)写真を撮らせていただきに。

W宮司さん曰く、「うちのはだいぶ薄くなってしまってて」、確かになんとなくこの辺が頭でこのあたりはしっぽね、とは思うんですが写真に撮ってさて分かるでしょうか、というようなかすれ具合。宮司さんが近くの諏訪神社には同じ頃に描かれた龍の絵がまだくっきりと残っていますと教えていただき、出直して撮ってきました。

太田二高の裏手、こんなところに神社があったなんて・・・、確か随分昔ウォーキングで通ったことがあるようなかすかな記憶。ご近所の方が鍵を開けてくださって、ご対面。

なかなかに二枚目の龍でした(そういうほめ方があるかぁ?)

絵は頭の真上にあるので、撮影が困る。寝っ転がって撮すわけにも行かず、このあたりでアングルはいいかなと思うあたりにカメラを置き、シャッターを切る。若宮八幡宮さんではそれで綺麗に全体が写せたのだけど、こちらの諏訪神社さんは若干天井がひくく、床にカメラを置いて撮っても全体は撮れず(T_T)・・・といっても床をはがすわけにも行かないのでこの写真で我慢するしかない。

年始にお参りするさい、上を見上げてみると綺麗な龍がみえるかも、よ。
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ガラガラ


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志の輔の落語に「がらがら」というのがある。舞台は元気のなくなってきている商店会。起死回生策をと、福引担当の若手が、年末のふくびき「がらがら」の一等商品に世界一周旅行を1本、入れる。賞品の豪華さのためか、くじ引き券を目指しての商店会の買い物も増え、ガラガラも行列ができる人気。ところが手違いで1本のはずの1等賞を7本も入れてしまったのが判明…。

(筋はぜひ爆笑の落語を聞いてもらうことにして)1等が7本も入ってることがわかった商店会長さんのその後がほんとに面白い。こんな商店会長、チャーミングだよね、ってここまでがブロブの前振り。

14日に地元の夏祭りがあり、その中のイベントで「がらがらくじ」を行った。震災復興をうたった祭りだったので1等賞が地元特産の「巨峰」50本、2等賞がJA新発売のお米アイス200本、3等賞が地元お菓子やさんが作ったクッキー、ドーナツ、マドレーヌが各250の外れなし。

祭り実行員会でくじの賞品の数を話していたとき、実行委員長でもある商店会長さんから驚きの言葉が!「一等50本出すんなら、玉は60個位入れないと」ええーーーー(*_*)

実行委員「そんなにいれちゃって、いいんですか」
委員長「いいんだよ、だいたい2割増しないとあたりが出てこない」
実行委員「でも、もし入れた数あたりが出ちゃったらどうするんですか」
委員長「でない、でない、経験で大丈夫、商店会でも一等賞の数より多く玉を入れないと賞が出ないんだから」
実行委員「でも、もし、一等が入れた玉全部でちゃったら・・・」
委員長「でないってば、絶対」
がーーん、のお話でした。

結局、くじびきでは一等賞を60個用意して待ちましたが、商店会長の見込み通りだったようで、無事一等賞お渡しできたようです。

それにしても、あの落語、前提が違っちゃうよね。志の輔さんにこういうわけですよって手紙でも書こうか?それと、もう一つ。うちの商店会長さんって、穏やかでゆるやかに何でも受け止めてくれるタイプではあったけど、あんなに「どんぶり」だとは思わなかった、って(^O^)
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商店街活性化コンペをみて考えちゃったなぁ


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県の事業・商店会活性化コンペでは鯨ヶ丘商店会が初年度最優秀賞をいただいている。事業をすすめてきた鯨ヶ丘倶楽部や商店会の会長さんたちとはずっと長くいろんな活動でご一緒してきた仲でもある。コミュニティカフェをオープンしようと思ったきっかけはその人たちが黒磯のCAFE SHOZO視察に誘っていただいたから。

カフェを始めることになった顛末は、例えば茨城大学の社会主事講習などに招かれたとき用のPP資料として作ってはあるし、何度も話してはいるがブログでは開店までの準備などは随時載せていたものの、そもそものことは載せてなかったんだ。改めて整理の意味もこめブログアップしてみる。

**************************以下パワーポイント説明原稿転載

2008年3月に常陸太田市東一町にコミュニティカフェ結+1を立ち上げました。立ち上げに関わったのは女性のみ、女性の立場からみた地域再生のための最前線と私自身は位置づけをしているcafe、そのオープンから現在までの取り組みをご紹介します。

先ほど発表のあった鯨ヶ丘倶楽部から栃木県黒磯への視察のお誘いを受けたのは2007年の9月。WさんFさんたちとは様々な活動でご一緒していましたが、その中で「常陸太田市の中心市街地活性化/商店会活性化」という言葉でくくられる活動だけには一定の距離を置いておりました。

商店会のある鯨ケ丘の住民や商店の方たちが「商店会活性化」を目標にするのならわかりますが、よそから移ってきた私のような一市民にとっては「商店会活性化」や「中心市街地活性化」がそのままストレートに自分のモチベーションにはなりえません。自分がかかわるとすれば「女性」というキーワードでのコミュニティ再生や新たなネットワーク構築だと考えていたからです。

視察の目的地カフェSHOZOがあるのは栃木の商店会だということで、せっかくのお声かけではありましたが、距離感を持ったままの参加ではありました。そのような思いを持ちながらお誘いを受けて出かけた視察の結果、半年後には商店会にカフェをオープンすることになってしまったのはどういう訳か。まずはきっかけとなったカフェSHOZOをご覧ください。

あとから「カフェSHOZOに行って来た」というと周りの友人が「えぇ~、すてきだったでしょ」と言う反応がほぼ間違いなく帰ってくる超人気のカフェSHOZO。この写真はSHOZOカフェの入り口の道路にある落書きというか記念のサインです。

こちらがカフェSHOZOのある通りです。視察の目的を聞かれて「シャッター通りにあるカフェ」と紹介された シャッター通りそのものです。写真を撮るのに車をあまり意識しなくても十分安全に撮れるほどの通行量とでもいいましょうか。

左側が最初にこの通りにできたカフェSHOZO、右の写真は駐車場横にある雑貨を扱っている店舗です。

左 先ほど紹介した店舗から数十メートルの所にあるジャンクなアンティークを扱っている店舗。 このほかにこの通りに洋品を扱う店とバーの2店舗がほど近い距離でたっているためこの通りのこの地区だけ妙に人の訪れの多い所となっているそうです。 那須方面にさらに2店舗ありそれぞれが魅力的な作りとなっています。

女性の力をあわせて、その人たちの得意分野を生かしながら何か拠点のような形にできないだろうかという、もやもやとしたイメージが長く自分の頭の中に浮かんでいて、視察をきっかけにそれがカフェという形につながったのです。黒磯市への視察は当時常陸太田市商工会が県の助成を受けて行った事業の一環で市内に新規オープンの店舗を3店開店するため。カフェオープンのための費用にその助成金を利用できることも大きなきっかけでした。

早速、立ち上がりのメンバーを募ることを始めました。当初声をかけたのは12人、集まった仲間たちとcafe立ち上げの最初の会議を行ったのは11月末で視察から2ヶ月が過ぎていました。 (★印ひとつが一人です)

ガーデニングが得意な人、
女性建築士
臨床心理を学び職業としている人
有機無農薬野菜の生産者
平飼いの卵の生産者
ケーキのパティシエとして修行した主婦
趣味で骨董収集をしていた女性
老人介護施設のNPOを手伝っていた人
陶芸作家の女性
アナウンスや司会の仕事をする女性
観光協会が運営する販売所から亀印にヘッドハンティングされた女性
など

目指したのは女性が集いそこで新しいつながりを作れる場所としてのカフェ、コミュニティカフェという肩書きはそのためのものです。こちらの写真はオープンの3/22、イベント前の時間自分たちが踏み出す最初の一歩の写真です。 女性のネットワークの拠点としてのスタートですが、男性禁制というわけではありませんので念のため。

最初に声をかけた12人が出会った機会をみると女性が地域で抱える課題が見えてきます。
青 独身の女性
黄色 結婚はしていますがお子さんはいません
緑 赤ちゃん育児中
ピンク 結婚して子どももいる多数派女性
ピンクに赤の縁  親の介護実践中

このような人がどこで出会ってきたのか
フォンズ   ま
ちづくり団体
子どもの劇場
作家と客
農産物の生産者と購入者
趣味のサークル仲間
男女共同参画委員
太田に生まれ育った人も数人いますが多くは他市町村から結婚や仕事で移り住んできた人、それぞれのメンバーがどういう場を今欲しているかを最初の会議で話し合いました

★子育てから解放されて一瞬ゆったりと過ごせる時間が欲しい
★介護の情報を先輩から聞けたら、介護の息抜きをする場が欲しい
★女性が地域に根づく最短の手段は子どもを通して人と知り合うこと。それがかなわなかった人はどうやって地域で共感を持った友と出会えるのか
★相談所といった公の場所は敷居が高いと感じている人がふらっと寄って愚痴をこぼしたり話を聞いてくれる人がいるところはないか
★遠くから引っ越してきてこの地域のことを知りたい
★子育て支援事業も講演会などではなく、趣味のサークル活動などをしながらいつの間にかいろんな話を聞けて視野が広がるようなとりくみがあるといい

などなど、自分たちの暮らしに直結する課題を自分たちの手で解決していく場所、そして同じような課題を持つ人たちと出会える場所としてのカフェのあり方を確認しました。

店の内部をご紹介したいと思います。店内を飾るものはすべてひとつひとつ選びまして「病気」といわれるほどこだわりました。これは益子在住の作家さんが作っているひょうたんランプですが これの買い出しに出かけたときにNさんというおばあさんとご一緒しました。この方はひょうたんを栽培なさっていて地元西山荘の売店に「開運」などと書いて販売用に卸したりしていた方なのですが 非常に興味をもったらしく作家さんに作り方や道具のことをしっかり聞いてきて今では展示会を開けるほどのひょうたんランプを作っていらっしゃいます。何かが動き出すと連動して様々な輪が広がっていくことのぴったりな例だと思います。

トトロの階段みたいとお客様がおっしゃる階段、黒光りする階段は改装設計を担当したメンバーの建築士が古い建築の良さを壊さずに今に活かすスタンスをとっているため 元あった位置とは違う場所で大事に活かされ利用されています。

結+1というネーミングは会議の中でブレーンストーミングを行い決めたものです。案が 「結」と「+1」の2つに最終的にまとまり、どちらにも決めかねて一緒にした名前です。 結というのは農業などで作業の手伝いをしあうことで力を合わせて何かを作りだそうという意味合い +1というのは今の暮らしにほんのちょっとプラスしてみようというような意味合いで つけたものです。 食器の使い方からモノの飾り方まで、なにかちょっといい感じを提案できるような カフェでありたいと思いながらレイアウトなどを楽しんでいます。

こちらも捨てられる運命にあったようなものばかりですが 、こんな使い方もいいでしょ?と思っていただけますでしょうか。

このカフェの利用目的に子育て中の親子が集える場所でありたいという願いがありましたのでイベントスペースとして利用する予定の2階への階段には子どもさんが危なくないように柵を設けています。 奥の方に見えますのは子どもさん用の椅子・テーブルのセットです。

店のロゴは鯨ヶ丘商店会長のWさんに書いていただきました。みなさんの力をお借りしながら成り立っている象徴の様なロゴです。

カフェオープンが3月、その年の6月、常陸太田市では新しい助成制度を始めました。まちづくり市民提案型事業というもので、早速子育て支援の事業を企画し申請、許可を受けました。

2008年度は5つの事業を企画
①はじめてのクラシック
②シェフと一緒にクッキング
③ママとkidsのエコバックつくり
④みんなの笑顔写真展

1以外は事業規模は小さく、募集する参加者も決して多くはありません。人数を限定するには意味があります。先ほども申し上げましたが、カフェの役割は、自分たちが心地よいと思えるスペースを拠点として、自分たちの課題を自らの手で解決し、同じ課題を持つ人たちと新しいつながりを作る場にするというものです。人のつながりは作るのに時間も手間もかかるものです。言葉で聞くとさらっと当たり前のようなことに聞こえますが、時間と手間がかかるということ、案外忘れ去られがちなんですね。

フォーラムや講演などのように、いっぺんに大勢に向かってあるメッセージを投げる、と言うことは効果が大きいように思いがちですが、言葉というのは難しいものでして、大勢に向かって投げかけられた言葉は案外人に届きにくいのです。こういう形で話をさせていただきながら反対のことを言っているようで申し訳ないのですが、このことはさんざんフォーラムを企画実行してきた反省から、実感を持っていえます。

言葉は「あなたに」というようにきちんと向き合って伝えようとして初めて届くものなのだと。ですので、私たちの行う事業は、少ない人数で一人一人にカフェのメンバーが心を込めて応対すると言うことを重ねていくことを大事にしようというスタイルを取っています。

このスタンスで一年事業を展開してきた結果、スピンオフ企画としてママと子どものストレッチ教室や、イトオテルミー療法(お灸のようなもの)などが生まれました。 また、ひたちなか市からはキッズカフェを開きたいというお母さんたちのグループが見学にきて拠点を持つという意味の大きさも感じさせられました。

2009年度も継続して助成金を受け事業を予定しており、今年度行うのは、“Nobody’s Perfect(完璧な親なんていない)”というプログラムです。近年女性の多くは、就労などを通して、「母役割」以外の役割を志向していますが現実は、育児と就労(社会参加)の両立は容易ではありません。育児中の女性雇用への消極的傾向、保育の受け皿の不足など、社会上の不整備や、一方で女性自身の抱える3歳児神話の思い込み、配偶者から理解・協力を得られない状況、その他のさまざまな不安等、個人的要因の存在も大きいものがあります。そこで、すでに日本で実績のある“Nobody’s Perfect(完璧な親なんていない)”プログラムを用い、就学前の子どもを育てている女性の社会参加への意欲、自信を高めるための支援を行うことを目的としたものです。

保育を設けたワークショップで、ママたちはグループで自分たちの課題を話し合っていきます。その間子どもたちはカフェのご近所で商店会が運営する「イモ屋」という駄菓子屋の和室で遊んでいます。こちらがその風景です。カフェの同じ店舗内では子どもの泣き声などがママたちに聞こえてしまい、母親たちが不安を感じてしまうこともあるため、近くにこのような連携の取れる場所があることは大変にありがたいことでした。保育は専門の保育士さん以外に、大学で保育士を目指している学生さんたちにも加わっていただいています。

常陸太田市は2つの大学と連携を取る協定を結んでおり、今後はその点でも広がりを作って行きたいと思っています。拠点ができるということの意義を、実際に広がりつつある輪を見ながら実感した一年でした。

最初に申し上げたように、自分のモチベーションとは違った位置にあると感じていた商店会ですが、現在はそこに出店したことに大きなメリットを感じています。

一つはカフェSHOZOで現われていた現象です。地域的にみると私たちのcafeは一つの点でしかありません。たとえば常陸太田市全域という広さで3店舗新規に動きが出たとしてもそれぞれが小さな点のままです。しかしながら、商店会という通りに出店すると、同じ3店舗が一つのムーブメントに見えます。

もうひとつ。商店会というところでなく個店として出店した場合は、あくまでも個の力だけで情報の発信などしなくてはなりませんが、商店会はもともと地域の人に働きかける組織としてのベースがあり、経済活動の上にコミュニティ活動を目指している鯨ケ丘商店会のような商店会はまちづくり団体としても大きな力を持っていることがわかりました。

商店会は今後このような活動をする母体として地域にとって大変大事なものとなりうる事例を私たちのカフェの例で表しているといえます。お時間がありましたら、ぜひ鯨ケ丘に足を運んでみてはいかがでしょうか?

********************************転載終わり
「WさんFさんたちとは様々な活動でご一緒していましたが、その中で『常陸太田市の中心市街地活性化/商店会活性化』という言葉でくくられる活動だけには一定の距離を置いて」いたことについて、補足。

常陸太田市の歴史をみると現在の鯨ヶ丘商店会が「中心市街地」であったのは間違いないでしょう。自分の義母や周りの多くの人が、自分自身も常陸太田市に居住しているのに、その地区に出かけることを「太田に行く」と表現していたそうです。しかし、言いにくいのですが、自分が嫁いできた時期で(四半世紀前)既に常陸太田市は「静かなまち」という印象でした。

「中心市街地」ってどこ?って思いますよねぇ。中心って行政が決めるものなの?っても思いました。だいぶ前から、口コミで知った新しい素敵なお店は「住宅地」にひっそりあったり、自宅の一角を改装してショップにしているところが増えていました。商店会・商店街とはまったく別のところに元気いっぱいの人たちが行政の支援も何もなく着々と足場をつくっているのが目立つようになっていたので、ひっそりと元気のない商店会になぜ支援しなくてはならないのか、自分には全く理解できなかった、ので、この部分に関する活動では距離を置いていたということです。(商店会から外れた位置にいて、さらに他市から移住したという二重に外れた位置にいた私たち)

カフェを始めたところが「商店会」の一角であっても、「自分たちは商店会活性化のために出店したのではありません」「たまたま、空いている店舗がそこにあった」と声に出していました。そのような考え方を受け止めてくれる商店会ではあった、そのことには感謝しています。(「受け止めてくれる商店会であった」と表記したけど、本当はそうではなく受け止めてくれる人が商店会の会長職をしていた、のほうが正しい言い方だと思います。)

で、やっと本題。(長い前置きだったなぁ)今日プレゼンをみて、「商店会ってなんだろう」「活性化って何?」って???を頭にいっぱいくっつけて帰宅。夕方審査結果をツイッターで知って、さらに?が増えたけど、妙に納得したところもある。

結局は、県の事業が「商店街の活性化」ってことなんだよね。「あくまでもこの事業は「商店街の活性化」が主眼であり地域振興のコンペではないとの話。であれば、カミスガもアルべも上市朝会も一次審査で落とすべきでは?」(@kafkahさんのつぶやき引用)全く、その通りで、審査員は県の方向にそってきちんと審査したんでしょう。問題にしたいのは「どうして商店街だけ支援対象にされるのか」ってこと。

通らなかった団体がそれで活動をやめるわけではないし、通らなかったことを正々堂々と言っていいと思うし、通らなかった団体の方が魅力的に思えます。支援なんて関係ないところでやってる事業・団体の方がよっぽどすてきだよー。自分もそっち側の人間でありたい、自分では思っているのさ。

数年前審査を通った鯨ヶ丘商店会と今年のカミスガを並べてみてみる。
 鯨ヶ丘商店会  ←→鯨ヶ丘倶楽部/カフェ結+1
 ???      ←→カミスガプロジェクト
審査員がカミスガのプレゼンの後質問したように、地元の商店街が全く見えてないところでのカミスガの動きが事業の趣旨と外れている。ハチバスさんの答えは「商店街新興」だから、違っていることをわかってプレゼンしてるのね。当然すれ違ってしまう、考えたら当然の結果でした。

応募していた他の商店街もがんばっているのだろうから、この事業が全く意味がないとは言わない。でも商店街の他で地域振興をするムーブメントを支援する事業も、当然あるんですよね?って聞きたい気はした。どうなんだろう?
最後に関係あるようなないような愚痴。

市の提案型まちづくり助成事業の審査委員をしている。今年で4年目になる。いろんなグループがいろんなアイデアを出して助成申請してくるので、審査はそのような人たちと出会える機会としてはとても魅力的な場ではある。でも、通しようがない、って申請も結構ある。シビアに(だって公金をつかうんだから)意見を言うと逆ギレされたこともある。シビアって言うけど、率直な感想なんだけどねぇ。

担当課にいつもお願いするのは助成申請の通った団体はある意味ほったらかしでもいい、職員や審査委員の目が光ってるから。ぎゃくに、通らなかった団体や申請してこない動きをつかむところに力を入れてね、って。どうして審査が通らなかったのか、そこをきちんとフォローして活動も修正し、翌年また再トライをまってるんだけど、一度落ちると再挑戦しない団体の方が多い。恨みだけ残して、活動はそのままってのは誰にも利さないと思うんだけどなぁ。

「成功させて審査委員に謝らしてやる!」なんてつぶやきも見たけど、勢い余っての言葉だと信じたい。そんなこと考えてるとうまくいかなくなっちゃうよ。私が関わってる審査で、団体がそう思ってたら、自分あっさり認めちゃう、あなたたちは素晴らしいって。
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台山


世矢地区のハイキングコースが整備され、フォンズの特集取材のためメンバー有志で勉強会歩き。安島先生にご案内をいただく贅沢なハイキングです。梅雨の時期ということで今日と来週のどちらかに行けたらと思っていたけど、ラッキーな今日だけ曇りの天気。暑くもなく山歩きには最高でした。

見晴らしがいいという台山を目指すコース、反対側の里周辺は以前取り上げ済。山を背にした集落は陽当たりもよく住みやすそうな地域の印象が強かった。今回の震災でも地盤がいいのかあまり大きな被害はなかったそうで屋根やぐしが落ちたブルーシートの家を見かけることも少ない。

金山があったという跡や高速の日立トンネル入り口を間近で見られる場所などを巡りながら楽ちんコースを歩いて行きます。楽なコースとはいえ、のぼりは周りに目を向けるゆとりが余りありませんが、山道に入るとそこここの植物に目が向きます。また、植生も代わるのであちこち止まっては写真&メモ・・・そして味見

山の実は色とりどりで爽やかな甘みです

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歩いて行く先が見開けてくる開放感は何回山に登っても何ともいいものです。
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事前にいただいた資料に寄れば、直線で考えると富士山が見えてもいいのですが、地球の丸みを考えると筑波山などで富士は見えないと・・・。でもそんなことは関係なくとても素晴らしい見晴らし。阿字ヶ浦や勝田の工場のエレベーター検査棟・県庁もはっきり解ります。もやっていなければ、海浜公園の観覧車とかも見えるそうで、スカイツリーのライトアップを見るナイトハイクなんか企画するといいかもなんていいながら帰ってきました。

考えたら去年の秋からこういう機会はお久しぶりで、地震だとか気がかりなことばかりだった数ヶ月をすっかり忘れさせるような山頂のすがすがしさ満喫の一日。疲れて午後はお昼寝なり。

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プリンセストヨトミ~ネタバレあり


プリンセス・トヨトミ (文春文庫)
プリンセス・トヨトミ (文春文庫)
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映画見てきました。ま、こんなもんでしょってくらいで、特に大きな感慨もなく、ただ戸惑いが残り・・・。会計検査院の3名男女が覚えていた男女と入れ違ってる?旭が女で鳥居が男でしょ?入れ替えた理由と玉木宏はどうしてこんなちょい役で出てるんだぁ?殴り込みした中学生も反対じゃないですか!自分記憶がおかしくなったのかと驚くぐらいの変更ぶりです!フジTVの陰謀ですね。「鹿男あをによし」で競演した玉木と綾瀬はるかを出したかったのね。音楽もそういえば佐藤さんだな、とエンドロールで確認しました。ったく、もう。原作のエッセンスそのまんまで入ってましたので、そこだけはOKだけど。

原作を読んで残ったものは大阪全停止とか歴史ではなくて、父と息子の物語。戦いあう存在の男同士である父と息子という構造が、何を伝え、何を守ってきたのかの一点だけだったし、それを伝えるために作家は壮大なフィクションを創りあげたんだろうと。

(大きく出ちゃいますが)人の歴史が今まで長く続いてきたのはこの「父と息子の信頼」のおかげだろうなぁ。男たちは連綿とただ王女を守る、そのためだけに生きてきたんだと言っても過言ではないってことね。人が続いてきたことの芯はそういうシンプルなものだったよね、って確認して感動しちゃったのが原作。

原発のあれこれを「正しく怖がることのできない母子」を簡単に非難できない想いが少なからず自分にはある。それはそのような無垢な(無知と言ってもいいけど)「守る」本能が今まで人類を生き延びさせてきたことに大きな部分を占めてきたのだろうと思うから。父と息子の物語にもおなじような感慨を持つんだな。「保守」ということの芯ってこういうことだよね、って思っちゃう。イデオロギーとかで使い古された言葉で語られちゃうとややこしくなってしまう。原作のような父と息子の信頼を自分は「よし」と思う。それに付随するややこしさは、そのややこしさをほどく知恵を自分が獲得しなくちゃねって話。壁は越えようとする力を産むこともある・・・?

なんか今日のブログは書いてる自分しか分かんない展開になってるなぁ・・・。いいや、それで。
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どどいつちゃん


仲良しの観光課の職員さんが二人、にこにこしながら「若い女の子が都々逸の取材にきて、案内してきた」などど鼻の下を伸ばしていたのは・・・去年の秋の頃?イラストレーターだそうで、名前を聞いたら「いいあい」。いや、私は口は悪いが言い合ってるつもりはないのよ?というと、「そういう名前なの」、ふーーん

落語の本も書いたんだってよ」と書名を聞いて検索したら糸井重里のほぼ日刊イトイ新聞がヒットした!ってそういえばブログに書いた気がする( -д-)ノ

で、観光課の職員さんの所にできあがった都々逸の本が送られてきたのだそうで、またもや鼻の下がのび~のびしたTちゃんとIちゃんが本を見せてくれた。

どどいつちゃん ~26文字の恋の歌~
どどいつちゃん ~26文字の恋の歌~
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なにやら付箋が2枚貼ってあって、1枚目のページにはTちゃんがイラストで紹介されてるし、2枚目の付箋のページには取材協力で二人とも名前がちゃんと載ってる!

「え~!!これTちゃん?!あごが細すぎぃ、こんな、こんな・・・似てない」さんざんいじってあげましたとさ。

しかし、本を借りて熟読してびっくり。都々逸なんて辛気くさいもんというイメージしかなかったけど、こうやって紹介されると恋に揺れる微妙な乙女心で、ちょっと繊細っていえるくらいの唄もある・・・。

これは、秋の都々逸全国大会に著者を呼ぶしかない!新しい観光大使に任命するしかいない!って大盛り上がりの一日でした。

♪上がる花火に背中を押され 王手かけます 待ったなし♪

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姫路から神戸へ


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長男が就職で姫路、家族の中では初めての関西人となって一年。

夫がアキレス腱を切った折に生まれて初めて長期で仕事を休む羽目になった。そのことがきっかけとなり、今まで参観日はもちろん卒業入学などの行事にも一切仕事を休まなかった夫が「ゴールデンウィークに休みをとって長男の工場見学に行きたい」などと言い出した。乗るしかないだろうという提案、同じく社会人2年目の長女は銀行マンなので祝日休日土日なら休める。大学生の2女はなんなくOKで、おばあちゃんも一緒に生涯初めての家族旅行を関西へ。さて、予約をと思った頃に地震があり、ばたばたしていたが自粛ムードのため間近の予約もスムーズに取れた。

新幹線と宿泊先だけを決めて、歩くルートは大まかな予定だけ。東京で合流の二人の娘たちと新幹線の中であそこに行きたいここに行きたいなど・・・話しはつきない。静かな二人だけの生活に慣れていたので賑やかさがとても楽しく、「娘を産んでおいてよかったね」と夫。

姫路着、姫路城のお約束コース。お城は工事中でした。外観は見られないけど中はほとんど普通に見られる。足の弱いおばあちゃん、がんばって全コース一緒に歩きました。夜は近くの温泉に移動、宿泊先でやっと長男も合流して大宴会。ほとんどお酒を飲まない家族なので料理が運ばれてくるそばから平らげちゃって、サービスする方は大変だったでしょうね。

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翌日は全員で神戸に移動、小磯良平の美術館を楽しみにいったところが、お目当ての作品は県立美術館にあるのだという、がっかり。その日の宿泊先、ケーブルカー・ロープウェイをのりついで有馬温泉へ。此方の宿はすごい豪華でした。長女二女の希望は「温泉でお部屋でご飯」というものでしたので、神戸牛の豪華お料理をひろーーーいお部屋でゆっくりいただきました。夜は神戸の夜景を見に、六甲おろしは春でも寒かったよ。
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最後の日はあいにくの雨、神戸の異人館など歩く予定だったのだけど、なんとか持ちました。とにかく歩いて歩いて坂ばかり。乗ったタクシーの運転手さんとは震災談義に花がさき。願いが叶うという椅子に座って、さてこれ以上何を望もうかっていうほど楽しかったぜぃ(*^_^*)v
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