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茨城大学生涯学習講座④(2003年)

茨城大学の長〇川先生の生涯学習講座を受けた記録④

ビデオで見るジェンダー論課題

Boys don’t cry/泣いたブランドンは「男」じゃない

■テキスト「ボーイズ・ドント・クライ」
この映画は性同一性障害を描いたものとして知られるが、ヘイト・クライムの恐ろしさのほうがインパクトが強い。彼が亡くなった今となっては彼の内部を知る由もないが、彼が本当に性同一性障害だったのかという疑問が消えない。性同一性障害を含む、同性愛者のセクシャリティの混乱に視点を向けたい。

1993年、事件が起こった場所はアメリカ中西部ネブラスカ州、フォールズシティ。一目ぼれした女性がいるにしても、どうしてブランドンはカリフォルニアへ向かわなかったのだろうという素朴な疑問を映画を見た当初抱いたのを記憶している。カントリーミュージックが似合うアメリカの片田舎より西海岸へ行けば彼は殺される程のことはなかったのではないかと思えたからである。彼がこの地に残ったのは、彼の中の男の嗜好(保守的なマッチョ男が好きだった)がこの地にぴったりだったのではないだろうか。

体つきこそ華奢ではあるが、振舞はマッチョそのもののブランドン、アメリカ的マッチョ男が好きで同一化したかった。「レズではない」と何度もブランドンは口にしている。彼は自分は男であって、女を好きになる同性愛者ではないと思っていた。彼が好んだ保守的な片田舎のマッチョ男は、思想としてホモフォビア(同性愛嫌悪)を併せ持っている、そのことの危険性に気づかなかったのか?危険性を知っていても、それ以上にマッチョ男に同化したいほど、その文化になじんでいたのだろうか。中西部の田舎育ちにとってカリフォルニアに代表されるゲイ文化は異文化そのものだったのだろう。異文化の中で暮らす不安よりは子どもの頃からなじんだマッチョ文化の中に潜むほうが彼にとって安全に思えたのかもしれない。

しかし、ヘイトクライムの犠牲者となってはじめて彼はマッチョ男文化の全容を知り、それに単純にあこがれていた後悔とともに、自己のアイデンティティをじっくりと考え始めたのかもしれない。レイプ事件の後、旅立ちまでの時間のブランドンの表情が印象深い。レイプされるはずのない男である自分がレイプされる=自分は男ではないという思い。そして、ラナとはじめて女として抱きあったことで、自分のセクシャリティを意識し始めた彼に起こる微妙な変化に同調するようにラナも戸惑いを覚えたようだ。一緒に旅に出ようと誘うブランドンのキスを避けている。彼女も同じように自分のセクシャリティは何?という混乱の中に放り出されてしまったからであろう。

ヘイトクライムはレズに向けられる時は「レイプで矯正してやる」的な犯行になることが多く、ゲイに向けられた時は、殺人に至ることが多いという。この事件は殺人に及んでしまった「めずらしい」事件である。ホモソーシャル的な仲間意識をもってしまうほど男に同化していたブランドンに裏切られた思いを持った男たちに、彼らのセクシャリティの危機を感じさせてしまったことが殺人に結びついたのであろう。それほどマッチョな振舞の似合ったブランドンは、しかし本当に性同一性障害=男だったのだろうか?

2003年7月29日提出

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