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色々

むかしむかし~本の感想③

2002年から2004年ごろに書いた本の感想

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動物のお医者さん(1~12巻)  /  佐々木倫子 ¥562~ 白泉社
今度TVでドラマ化されるって聞いて、主人公のハムテル(獣医を目指す学生・公輝のあだ名)は誰がやるのか興味津々だったの。要潤だって言うじゃない、がっかり。彼はどっちかって言うと、ハムテルの友達でネズミ嫌いな二階堂ってキャラだよねって子どもと意見一致しました。タイトル通りのコミックです。しばらく前Kinki Kidsの堂本剛主演の獣医ものが放映されてましたが、あれはきっとこれをぱくったとは思うけれど、ぜんぜん別物ですので、念のため。ちなみに同じ佐々木倫子の「おたんこナース」も「ナースのお仕事」で一部パクられてると思う、ぜったいキャラ設定が一緒だもの。TVっていいかげんだよね。

主人公2人が美形男子なので、やおい系のお話しかと思ったら大間違い。でてくる人間は奇妙な奴ばっかで、動物も人間と同じく不思議な性格の犬やら猫のオンパレード。そこが超おもしろい。「バウリンガル」って犬の言葉の翻訳機がばか売れしたって聞くけど、この漫画読んでおくと動物の気分が読めるようになると思う・・・。

これを読んだ子どもたちが「動物のお医者さんになる」って一時期言ってたことがあって、きっと他にもそんな気持ちになった子どもたち大勢いたんじゃないだろうか?うちの猫の病気で罹っていた病院のお医者さんと、このマンガがTVドラマ化される話をしたことがあった。その獣医さん、「ミケやキックの強いニワトリも出るのかしら?」なんて言ってたので、彼女もそういう感じがあったのかも。堂本剛ドラマも見ていたそうで、そのころは獣医学部の学生さんだったらしく、お友達と「あんなにきれいごとじゃすまない!」ってドラマ見ながら怒ってたんだって。

動物のエピソードを読んでいるだけで、自分ちの代々猫のことを思い出しては、笑ってたんだけど、今は猫が死んじゃったので、泣き笑いになってしまうことも・・・。誰か身重猫の情報あったら教えてください。春というのに発情猫の声も聞こえないんですよ、ご近所で!追悼紹介でした。

↑UPしたら、今日からドラマスタートだって新聞のTV欄に記事が載ってた。要潤が二階堂の役で、「やっぱ!」

むかしむかし~本の感想②

ここからアップするのはおおよそ2002年~2004年ごろに書いていたHPの記事。

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雲南の妻 / 村田喜代子 \1700 講談社
川上弘美が朝日新聞に書いた書評を読んですぐにアマゾンに注文したものの、手に入るまで数ヶ月かかった。一刷が切れて二刷があがるまで待たされたってことかも。あの書評に限らず、川上弘美の感想は思わず読みたくさせる、うまいなぁってつくづく思う。

読んでいて、今の日本に女として生まれたことって幸せだったのかなぁって、思ってしまった。こんな暮らし方が世界のどこかにあるなら、そこで生まれ生活したほうが、ずっと私らしく生きられるのかも知れない。中国奥地のお茶の畑で、唄いながらお茶を摘んでいたかったかも。

「作者の手に運ばれて、わたしは今まで自分が思っていた「愛」だの「あなた」だののことをすっかり疑うようになってしまった。愛って、なんだろう。わたしとあなたの関係って、何だろう。本書は、考えてもみない方向から、その秘密を解いて見せてくれるのである」(川上弘美・朝日新聞2002/10/13)

むかしむかし~ここから本の感想

ここからアップするのはおおよそ2004年ごろに書いていたHPの記事。16年前か…。

竹村和子さんのお歳は私のいっこ上。大震災の年2011年末に悪性腫瘍で亡くなっている。竹村さんは亡くなり、小倉千加子さんは実業に移っていった。フェミの世界で、このお二人の考え方に惹かれていた私にとってはとても残念だった。お二人が活躍を続けていたら、2020年はもっと変わっていただろうか?

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値段から解るように、社会学の専門書。東京のウイメンズ・プラザに月1回集まって友達とひらいている読書会のテキスト。上野千鶴子の「構築主義とは何か」に続いてとりあげた本で、自分が今までの時代や文化の歴史的な流れの中でどうやって形作られて来たか、が痛いほど良くわかる。「第1章〔ヘテロ〕セクシズムの系譜」では、自分が見てきた、あるいは人に勧められてみてきた映画の背景が、自分では読み取りきれなかった部分まで懇切丁寧に読み解いてくれていて、思わず「そうだったのか!」。「ロマンティックな友情」と「愛」の境目はどこかなんて散々悩んだのに、こうやって自分の中に刷り込まれて来た幻想だったんだぁ。

「第2章愛について」は読んでいて、泣けてきてしまった。自分が振りかざしてきた「愛」って、美しい・ピュアな・神聖な、そんなものだとして大上段に掲げてきた「愛」なんて、中身を細かく細かく文節化、因数分解してみたら、とんでもなく暴力的な意味合いのものばかりだったって。108ページ後半からの2段の文章は、書き写して経文のように毎日自分を振り返るために読みつづけていようと思ったほど。

どの章も副題がついていて、それがまたぴったり。第3章はのタイトルは「あなたを忘れない—性の制度の脱・再生産」。母と娘の関係の中で、連綿と再生産される制度についての詳細な考察。「詳細な考察」なんて、たった5文字で書いてしまうのは申し訳ないくらい。この章が書かれるまでの竹村和子自身の「母性という制度」との対峙が透けて読めるような文章がつづく。章の末尾がすごい。「だから、わたしは忘れない、あなたの身体を、あなたの愛を、愛がもたらす階調のすべてをわたしが感じていたことを。(中略)性の制度はいまここで、あなたを忘れないわたしのなかで変貌を遂げはじめている。」

むかしむかし、人知れずつくっていたHP④

4回目はさぼったので、タイトルで④とあるけど第5回目の原稿

第5回 他人に迷惑をかけなければ何をしても<自由>である
仮に絶海の孤島にたった一人で移住したとしよう。生活上の不便はさておき、「迷惑をかける/かけられる」という状況はこのような場所では考えられない。つまり、迷惑をめぐる状況は人が社会の中で生きていく時に起こるものである。迷惑だと感じるのはどのような場合だろうか?たとえば電車などに乗っている時、車内で大声でしゃべる集団、いちゃいちゃモードで目のやり場に困るカップルなどが思い浮かぶ。このような行動に不快感を抱く人も多いかもしれないが迷惑だと断定できるわけではない。迷惑をかける/かけないの境界線や内容は人により違っており、そのために衝突が起こる。大事なのは社会の中で、自分と他者双方に迷惑でないというルールを、社会全体の合意として決めるという考え方である。その合意の中に自由は存在するのであって、ルールを作ろうという合意そのものを課題は否定してしまう(A)。

自由の決定権は個人にはないのだが、課題のような考え方をするものが多い。自由の範囲を社会的合意で決めようとするその枠組みを越えて、個人の自由の範囲だとしてとられる行動は自分自身や他者にどのような影響を及ぼすのであろうか。

他者のある行動によって、引き起こされる迷惑という負の感情を考えてみる(B)。課題のような言葉は、前記のような行動をとったものが、公共のルール違反だと非難された相手に切り返すように言うことが多い(C)。非難する側は正論であるように断定するが、自分が判断の基準としている規範が、世代・性別や国籍・人種などによって違いがあり、変化していくものであることに思いが至っていない(D)。社会規範はいったん合意として成り立つと、納得できなくても従わないと制裁を受けるという罰を裏側に持つ。罰によって守られるということは、規範は自然な状態で「正しさ」として存在するのではないということである。罰があるゆえに自分が行いたい行動を押さえ、実際にとる行動とずれが生じると、当事者は自己の中で自分の欲求が引き裂かれる思いを抱く。規範に沿わず欲求そのままに行動できる者に対して、ねたみ・嫉妬とでもいうべき感情が、深層心理の中に生まれてくる(E)。これが関わりの中で生まれる不快・迷惑の中身である。

一方、野良猫を虐待し殺すというような、他者・人間が関わってない行動の場合や、規範を破る者たちは、負の感情から自由なのだろうか?規範を知りつつ破ることは規範からの自由という快感を伴い、また規範に縛られない自己をアピールすることにもある種の快感を得ている(F)。しかしこのことは規範という枠組みを持たないということではない。規範の枠を超えるという快感は、規範を守らない否定的な自己認識と表裏となって、自分自身の中に沈殿していく(G)。他人に迷惑をかけてないと主張して得た自由は自分自身を傷つけることになるのである。

講評 
他人に迷惑をかけなければ何をしても自由であるという課題に対して、自由は個人そのものにはなく社会的な合意によること、また負の感情という点から考察された作品です。展開に複雑な点は見られますが、興味深い視点が多い大変読ませる論述です。また、全体的に、他人の考えを借りず、自分で物事を考えようとする姿勢が伝わってくる点も評価できます。以下展開にしたがってコメントしてゆきます。

まずAの部分の指摘では、自由が社会による合意を根拠としている点が鋭く捉えられています。課題の中の考え方の中に合意という観点が欠如しているという指摘は妥当なものでしょう。ここまでの展開は非常にすっきりしたものですが、次のB、C、Dの部分のつながりがわかりにくいです。というのも、Bでは、これから迷惑という負の感情が論述されるとされているのに、Cでは課題のような言葉は非難された相手への切り返しとして出る言葉であること、そしてDでは非難するものの根拠が絶対的なものでないことが述べられています。要するにB、C、Dそれぞれの意味は解るのですが、つながりが明確ではありません。展開としては、BからすぐにEのことを論じたほうがよりすっきり行くでしょう。

そのうえで、Cのようなリアクションがありうることを示せばさらに明確な展開となるでしょう。最終段落のFの指摘は鋭いものです。ただし、Gの部分の記述がよくわかりません。抽象度が高いので、具体的な記述が必要だと思います。例えばFで述べられているような規範を破ることに快感を抱き、自己価値を感じるような人間の中には、どのような負の部分があるのか、と考えても良かったでしょう。

展開がもう少しすっきりして、Gの結論部分が具体的なものとなったらこの論文はさらによくなったでしょう。

むかしむかし、人知れずつくっていたHP③

第3回 私にとっての<自然>

 今、<自然>という言葉ほど不自然な言葉はない。春になると桜が咲き、時期が過ぎるとその花が散ること、猫が小鳥やねずみのような小さな生き物を狩って遊ぶというようなことは文字通り自然であろう。しかし人間の社会の中に用いられるとき、一転してそれは悩ましいものとなる。たとえば、「年頃になったら、自然に男と女が惹かれあい」「結婚するのが自然」で、「結婚したら自然に子どもが授かる」など。自然は普通や当たり前という言葉と同じように用いられ多用されてきた(A)。

 人は物事を考えるときに二項対立という方法をよく使う。白黒をつけるという言葉に代表されるように二つの価値観を比較してそのいずれかをよしとする考え方に自然をあてはめると、反論を許さない強さをもつ。なぜなら、散らない花はないのであるから。前回のテーマでも述べたように人間は安心・快・幸福を求めて生きている。自然ではない、と否定されることは不安を呼び起こし、逆に自然であると肯定されることで、それらが簡単に手に入るのである。つまり、自然というくくり方・判断は安心を求める人間が求めた概念である(B)。

 また、自然という言葉は、自然であると言い表された事物を、そのことが正しいかどうかそれ以上さかのぼって検証する必要性がないと言い切っているに等しい響きも持っている。ねずみが猫を狩ることがないように。生きていくうえで何か判断を要する場面に出会ったとき、たいていの人はその判断の基準として社会規範に沿っているかどうかを、無意識のうちに重ね合わせてみている。そして、規範通りの選択を「自然」なこととして選ぶ。それがたとえば「男女が惹かれあい結婚することが自然である」というような用いられ方になる。このように社会の多数を占める人たちが選ぶ価値基準を規範といい、それを肯定するのに大変便利な言葉として自然は用いられているのである。しかし、規範は判断の基準となると同時に、判断を限定する力も持っている。人は判断を自分で下したかのように思っているが、実は規範によって縛られているに過ぎない。大事なことは、規範は多くの人が選び、また縛られるものではあるが、真理ではないのである。自然は規範の正当性が問われることがないように使われてきた。規範の正当性が問われることは社会の成り立ちを脅かしかねないからである(C)。

 しかし、同性同士の結婚が認められる国ができてきたように、自然と称する規範がもはや意味を成さないほど価値観が複雑多様になってきている。そのような時代に、社会規範によりそい・依存して思考を捨てるのではなく、自分が欲する生き方の基準はなんだろうと考えながら生きていくこと(D)、それが自分にとっての自然な生き方である。
講評 
 「自然」という概念をめぐって、その意味と問題を考える作品です。Aの部分で「自然」の一般的用法を取り出し、そのうえで、Bの部分において、人間の安心を求める気持ちに自然の意味本質をおく展開は、説得力のある独自のものになっています。ここには、「自然」が世界そのもののあり方としてあるのではなく、人間のあり方に相関して(安心を求める気持ちに答えるように)成立した概念であることがとられられており、鋭さを感じます。このあたりの論述は、テキスト(「『考える』ための小論文」)の59ページにある「本質観取」の好例だといえるでしょう。

 また、Cの部分では、それまでの論述をさらに進めて、自然という概念の問題点が述べられています。これはテーマを独自に問い進め、問題を見つけ出す小論文として大変評価できる展開です。自然という言葉が、価値基準や規範を固定化してしまう傾向にある、という指摘には、非常に納得させられます。また、それが「社会」に対立することでもあるという主張は大変説得力のあるものです。全体的に、本作品はとても完成度の高いものです。

 ひとつだけ指摘するならば、結論部分との結びつきで、「自然」と「社会」との対立の図式をもう少し展開してみてもよかったでしょう。たとえば、社会は人為的なもの、人工的なものである、として、人為によって規範が変えられること(たとえば同性同士の結婚が認められること)という点から、Dの部分にあるように、自分の生き方の基準を探していくことを結論付けてもよかったでしょう。社会が人為的である以上、規範は自然で固定的なものではないはずで、一人一人の生き方の中から出てくる価値基準によって支えられて変化していくものだと思うからです。この点について論じてみてもよかったでしょう。とはいえ、本作品は自然という概念の本質を見つめ、問題点を自分で取り出すよい論文だと思います。

むかしむかし、人知れずつくっていたHP②

第2回 現代における生と死

 私は小さなころから、失うということがとても恐ろしかった。失う、たとえば身近な親戚の死などはもちろん、家出したまま戻ってこない飼い猫や小さな消しゴムでも、私に属しているモノを失うことさえ恐ろしかった。どうしてこんなにも喪失が恐ろしいのだろう?人の死に面した時、よく人は悲しさから泣くが、その泣くという行為の対象は誰だろう(A)と思ったことがある。自分と共通の時間や場を持った人を失うということは、自分自身の何か、その人との思い出やこれから過ごすであろう未来の時間を失うことを悲しんでいるのであって、その対象は自分自身であった(B)。人の死に接したときすべての人が自分を悲しんでいると言い切れるわけではないが、人が亡くなったことを純粋に悲しんでいるばかりではないと気づいた時、死は喪失の一種であり、また失うことが私にもたらす恐ろしさの意味が見えた(C)。

 その恐ろしさは誕生までさかのぼる。母親の胎内にいる時、人は絶対の安心安全に包まれている。空腹などの一切の不都合から自由であり、そもそも思考するということさえない。安心安全な母親の胎内からの誕生は、安心な場を失う(D)ということでもある。人は絶対的に何かを欠いた感覚を持って生を受けるのだ。 そして失った安心をもう一度得ようと懸命に何かをするということが生きるということではないのか(E)。よりよき生を生きるということの根っこにある何かを欲するということは欠けた感覚が作り出すものではないのか。母親の胎内に包まれるような絶対的な愛情を欲して人を求め家族をつくり、家族を守るために懸命に働き、心地よい家庭を築きあげてくる。生きることは様々な安心を得られそうなモノたちを自分の周りに集めることでもある(F)。しかしそうやって得られるのは安心感だけである(G)。なぜなら、得たものは喪失の危険性をともにもたらすからである(G)。安心を得ようとして喪失の危険性をともに呼び寄せる、生きるということは矛盾に満ちている。

 科学の発達は「神の死」をもたらし、そのために信仰にすがるという思考停止の手段を禁じられてしまった。「おそれることはない」とやさしく諭す絶対者の存在も否定された現代に生きる私は、この生きることの恐ろしさから逃れるすべを自分で考え出さなければならないことになった。厄介なことである。
講評 
 展開に説得力があり、読ませる作品になっています。まず、Aの部分で、明確な問いが立てられ、Bの部分でその答えが求められています。Bの部分の答えは、一般的には失われた対象に対して悲しんでいるとされるところを「自分自身」に対して、としているところが独自のものになっています。一般通念に抗いつつ自分自身で考える能力を感じます。

 続くCからの展開はBの「自分自身」という観点を生かしつつ、自己にとっての喪失の恐ろしさを取り出そうとするものになっており、それまでの展開とスムーズにつながる論述になっています。また、ここから、Dの部分の「安心」というテーマを取り出している点、EやFに示されるように、私たちの生の根本に「安心」を求める欲望が存在ていることが述べられている点は非常に読ませる洞察になっています。さらに、Gの部分では「安心感だけ」という言い方で、「安心」への欲望そのものを問う構成になっており、問いをさらに深める姿勢が感じられ、大変評価できます。

 ここまでの展開は完成度の高いものですが、Gの問題の深め方については、いくつか方向性があると思います。本作品の展開に即して言えば、Hの部分にあるように、安心は喪失と裏返しの関係であるというのがここでの中心的主張でありますが、この主張はもう少展開できると思います。たとえば、安心が喪失と表裏一体の関係であるとして、それでも人間は安心を求めてしまうことの意味を考えることができると思います。喪失抜きの安心(絶対の安心)が無い以上、人間はむしろ喪失を恐れることなく、そのつど安心を求めることが大切だと考えることも可能です。

 また、最終段落にも関わってくるテーマですが、信仰のような絶対の安心を与えてくれるものがなくなってきた現代社会において、安心とは何なのか、を問うことができると思います。確かに、本作品にあるように、よく考えてみれば、私たちのどんな安心感も喪失の可能性をはらむよるべないものかもしれません。しかし、仮にそうであるとしても、私たちが日常的に経験する安心感は、私たちの生きることを励まし、元気にしてくれるものであることは確かであると思います。信仰のような絶対的なものではないけれども、日常的安心感が私たちの生きることを支えている意義というのは論じてもよいと思います。このあたりを、具体的な例なども含めて論じてみると、さらに読ませる論述となるでしょう。とはいえ、本作品はそれ自体で展開と洞察力に優れたものです。大変評価できます。

むかしむかし、人知れずつくっていたHP(当時のいい方)

2000年前後、自作のホームページ(以下HP)を作っていた(ホームページといういい方は誤りというのはその当時知らなかった)。

ホームページビルダーというソフトがあって、それを利用していかにも手作りなWEBを作るのが流行っていた…んだと思う。ぼんやりと頭の中で思っていることをいざ話そうとすると要旨がまとまらず何を言いたかったのか自分でもわからなくなることが頻繁にあり、考えや感想をアウトプットしようとしていたんだろうと、当時を今振り返って思う。(今も説明がうまくなったとは思えないけどね)

たぶん朝日カルチャーセンターの通信講座だったと思うが、自分と社会を考える小論文講座も受講して悪戦苦闘した記憶だけしっかり残っている。

平成2年から参加していたまいづる塾という市民団体に、日立関係の技術者さんがいて、その人がものを教えるのにとても優れていて、エクセルやらワードやらパワポやら教えてもらったが、その中で「ブログをやりましょ」という聞きなれない言葉があり、何度も意味を聞き直したことがあった。

「ブログって、日記ですよ」「日記をネットに書くってどういうことですか?」なんて、今じゃ考えられないやり取りをしたことが懐かしい。

教えてもらったブログもどきを、自作のHPに取り入れて、読んだ本やお気に入りのCDの感想、映画の感想など、あれやこれや書き始めたのはそのころだったのか、時系列があやふやになってる。当時フリーのブログサービスがいっぱいあって、選んだのはライブドア。時代感じるなぁ。

ブログは簡単だった。HPはコンテンツの階層を考えてそろえて作らないとならないけど、ブログはタグをつけて書き飛ばせば後で、タグごとに見ることもできるし…。なんてことをリアルタイムでやっていたのが20年も前なんだね。

更新はたまにだけど、ブログは結構長く続いていたが、2010年代ツイッターやフェイスブック全盛期を迎えて、距離ができていたところ、友人のMさん(WEB制作のプロ)がブログを今風のシンプルな作りに直していただいた。

一時、もうブログなんかやめちゃおうと思っていたけど、歳のせいか昔のことを振り返って面白い・若かったなぁと笑えるようになってきたので、捨てちゃうこともないと思い返した。⇦今ここ。

で、ブログがきれいになったのを機に、HPビルダー時代のデータって残ってないのか探してみたら、ありました!メモ魔だった私が、PCが盛んになるにつれて書くのではなくPCにデータでため込む方にシフトしていたから、ちゃ~んと残ってた。(断捨離に励んだのはずっと後だったので、ため込む楽しさに浸ってたんだね)

で、せっかくなので昔のHPに書いていたことも整理して新しいブログに残しておこう、かな。

まず手始めに…上の方にもかいたけど朝日カルチャーの通信講座の原稿をアップ。全部で5回の「自分と社会を考える小論文」。課題が出されて、提出すると添削されて返ってくる。その添削が温かくって、カウンセリングを受けたような気になった。全5回のうち4回目「第4回 現代日本は<豊かな>社会か」が書けなくてさぼったのも覚えている。

1990年に茨城県のハーモニーフライト応募してイギリス・フランス・デンマークに視察に行かせていただたころから、自分の中には大きな悩みがあって、そのせいもあり自分の中を探るようなこういう講座に応募していた。実際カウンセリングや自助グループにも通っていた。悩みがあるってホントに痩せるんだよね。3か月で15キロくらい痩せてしまった、ほんとに。それも含めて懐かしい。

  

当時私は40歳代、これくらいしか書けなかった、今はもっと劣化してるだろうな。

自分と社会を考える小論文 第1回課題 他者*****
第1回 他者 
 私にとって他者は不安を呼び起こす厄介なものでしかない。「自分と社会を考える小論文」を受講したものの、いざ小論文を書こうとして、自分の書いたものを読むであろう添削者・他者の目が恐ろしく感じられ、自分を考えるために受講したにもかかわらず自分を隠す、あるいは自分を底上げしてかっこよく見せるための文章を書くにはどうしたらよいものかと、途方にくれる。このように、距離のとり方、価値観の違いの調整の仕方、コミュニケーションのとり方など、他者との関わり方に一喜一憂する。なぜこれほど快・不快を呼び起こされるのか(A)。

 自分にとって、最初に意識した他者は父であった。親というものは子を愛し守り育てるという大義名分の下、逆に親たちの価値観の範囲内に子どもたちを留めようとする(B)。子どもの側から言うと、親のしいたレールの上を歩くということになる。このような対応をされるとき、他者が自分の中に侵入し自分自身が失われる恐れを感じる。自分の価値観・コントロールのままに他者が動く・同意する場合に自己が肯定され、他者との一致・一体感を持てるため「喜・快」として感じ、反対の場合は「憂・不安・怒り」などを感じる。他者との関係で感情が表出される時、「喜」「憂」と正反対の現れ方をすることがあるが、その根は同じものではないか。つまり、他者を通して、自分と一致するか否かを確認できるか否かがその根にある。他者と関わりあっているようで実は自分自身を他者まで拡大できるか、他者によって受け入れを拒絶され、縮小するか、をしていたに過ぎない(C)。

 では、他者と関わるということはどういうことなのか?他者のと関わりから起こる感情のゆれに怖気づいて他者との関わりを避けることは、一時的に自分を安全圏に置くことはできるが、一生他者と関わらずに生きていくことはできない(D)。だとしたら、不安などの感情に揺られている自分に気づく、自分が感じている感情を見つめることが、他者との関わり方を学ぶ第一歩になるのではないか。しかし、それでは他者とのかかわりで起こる感情のゆれを体験するということで元の木阿弥のようにも思える。

 しかし、出会いによって起こる様々な感情や対立は、他者との一致という目で見るのをやめると、自分自身の境界線を意識できるチャンスになる(E)。豊富な出会いは自分自身の境界線をより確立することになる。また、同じような意識の他者がその他者自身との一致を私に求めてきたときにも、自分の境界をきちんと意識できることによって、一致するしないではない対応で他者に返すことができるようになるかもしれない。他者は自分の前に立ちはだかるものとして現れるのではなく、自分に豊富な体験をもたらすものとして現れるのだ。他者は招かざるものではなく、いわば「お客さま」なのではないか。
講評 
 はじめての講座で、本文にもありますが、他者に文章を見られることの不安があったと思います。今回は主に本作品を使って、経験をもとに論述を進める、という点について書きたいと思います。まず、最初の段落での問いの提示は、とても読ませるものです(Aの部分)。小論文は問いを立て、それを問い進める作業ですので、その最初の入り口がとてもよく提示されている点が評価できます。つぎのBの部分では、経験の記述が欲しかったです。父はどのような時、どのような様子で自分の価値観の範囲内に子どもたちを留めようとしたのか、そのことについて具体的な記述があると効果的です。そうすることでCの部分にあるような、自己の他者への拡大、といった主張が生きてきます。

 同様に、Dの部分にも具体的な経験の記述が欲しかったです。たとえば、他者と関わらずに生きていくことはできないと痛切に感じる時はどのような時か、また、他者と関わりを避けることの安心感だけでは満足できない自分のあり方の具体的な記述を加えてほしかったです。これらのことは最終段落のEの部分にも言えることで、たとえば出会いによって起こる様々な感情や対立が、他者との一致という目で見るのをやめれば自分自身の境界線を意識できるチャンスになるのは、具体的にどのような場面なのでしょうか。誰とどのようにコミュニケーションしたことで、自分の境界線を意識できるようになったのか、そうした記述があると、ここの部分は説得力のあるものになったでしょう。

 これまで具体的経験の記述について指摘してきました。確かに論文は経験の記述ではありません。しかし、論に説得力を持たせる、あるいは他人に伝えるためには、経験の記述が重要です。本作品では、抽象度を高めて論を展開することができています(これも論文を書くうえで重要な作業です)。ただし、抽象化して語る前には、その材料となる具体的経験という素材が必要です。このことに気をつけて論を立ててみてください。具体的な経験を他者に伝えることの不安はあるかと思います。それは当然のことだと思います。ですが、論文もひとつのコミュニケーションだと思ってチャレンジしてくださることを期待します。

愛知トリエンナーレ 見てある記③

愛知トリエンナーレ、見てある記③

津田道子「あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。」

各地で行われる芸術祭によく見かける、伝統的建造物の中に作品を配置する…その伝統的建造物が作品の一つの必然としてあり、アーティストがどう作品にまとめ上げたかを観る、ものが多くある。

これもそのひとつ。尾張藩の御用商人の屋敷内(伊藤家住宅 https://aichitriennale.jp/venues/Venue_S01.html)で展開されるアート作品。作品解説にいわく「『見る』という行為そのものと、私たちが無意識の内に当たり前ととらえている認知や身体感覚を問うている。」という作品なんだそうだけど…。

多くのほかの会場でも感じることなんだけど、この作品がここにある意味が?というか作品の一部として昇華されてないというか…。

作品自体は2つにわかれていて奥座敷で映像作品が展開されていて、もう一つは入口近く、立派な竈の近くに座って、ヘッドフォンで環境音を聞く…、後者の方がなんともいたたまれなさを醸し出してしまって…。

効果音なら効果音だけに絞ったらよかったのに(いや、これも私の勝手な感想)薄っぺらい若い女性の声でこの建物のこの位置の意味とかを語ってる。そういう内容なら、声で聴かせないで掲示でも作品の解説にでも載せておいていただきたかった。ヘッドフォンで強制的に聴かされている感が出てしまって、そうそうに外してしまった。

私個人の好みで、建造物を見ることが好きなせいか?竈の詳細を詳しくみたいのに、竈の前にヘッドフォンをした観客がじ~っと座っていて、作品だというから邪魔もできないし、近づくと作品に参加するのだと思われて、ボランティアさんにヘッドフォンを勧められちゃうし。

この伊藤家住宅がある付近は、通りが伝統的建造物を今に生かしてホテルやら骨とう品店にしてあったり、土地の持っている魅力がとても大きな所だった。

そんな場所で、作品を展開することにアーティストさんってもっと「怖れ」をもってもいいんじゃないかな。今まで見た作品の中で、建物に負けてる、って感じたもの、多かったなぁ。建物だけではなく…ホワイトキューブから飛び出して、雑音や歴史が混在・現在も生きている場所で作品を展開することに、もっと慎重…慎重っていうと言葉が違うなぁ、なんて言ったらいいのか。自然や「まち」を超えるインパクトのある作品を期待する、とでもいうか…。

おまけ
愛知トリエンナーレの会場の一つになっている「四間道・円頓寺」は芸術祭でなくてもう一度行ってみたいと思った。作品を見て回ったのは夜7時過ぎだったんだけど、商店会ではあちこちにオープンな居酒屋さんが点在し、お店の外でとおりにはみ出て椅子テーブルで宴会中の方多かった。細い路地も入り組んでいて、土地の魅力がばんばん響いてくるところ。

作品で聴かされた「うちとそとの間の空間の面白さ」的なことは、この商店会で飲んでるおっちゃんや観光客を見ていた方がぞくぞくと面白かったよ。(すっごい辛口でなんか申し訳ないけど、私には?だった、ということで勘弁してください)

愛知トリエンナーレ 見てある記②

愛知トリエンナーレ、みてある記②(作品の良しあしの順番ではないので念のため)

「アレハンドロ・ホドロフスキーのサイコマジック」
直訳すると「精神・霊魂に関する魔術」おどろおどろしいことこの上ないけど、そのまんまのネーミング。これが「アート」なのか?が最初の印象。

作品としては、アーテストで作品の名前になっているアレハンドロ・ホドロフスキーがサイコマジックを繰り広げている映像と、その参加者が後日アレハンドロ・ホドロフスキーにあてて書いた手紙の展示(同じものが冊子として持ち帰り自由で提供されている)。

「彼のもとを訪れる相談者に『処方箋』として悩みの根源である事象に、相談者自身で行動を起こすことを促しており、その対価として「相談した内容と与えられた処方箋、そして処方箋を実践した結果どうなったかを、作家へ宛てた手紙で記す」ということを求めます」

映像は、言葉に語弊があったら申し訳ないが「新興宗教の儀式」のように「しか」見えない。あるいは、一時期はやった「自己実現セミナー」の講習会か。教祖様にあたるホドロフスキーが様々な声掛けやアクションで参加者を「あやつっている」風景のようにしか見えない。

しかし、提供された冊子をしみじみ読んでみると印象がかわっていく。ホドロフスキーが求めているのは「手紙を書くこと」のみ。献金したり人間関係を捨てさせられたりは全くなく、「儀式」に参加後行動することを求められた参加者が、何年後でもいい、ホドロフスキーへ、行動の結果どうなったかを手紙にしたためる、ことだけが要求されている。

ある手紙、病に悩んでいた参加者。疑いつつも「儀式」に参加し、行動を起こし、自分を深く見つめる‥‥結果として、病は治ってはいない(ここ大事)が、気にしないで生きていくことを決断する、ここに至った「サイコ=精神・霊魂」の道筋が本人によって綴られている。

初めて越後妻有の芸術祭を見たときに、行く前後で自分の価値観がガラッと変わってしまったのを、とても印象的に覚えている、アートってすごい、と。

これも、そういう意味からいうと「アート作品」であるのか!?

すごいとは思うが、心の奥底がぞわぞわと落ち着かないのも同時に感じた。これがアート作品であり、変な宗教とは違って安全であったとしても、そこに立ち入るには相当な勇気というか覚悟が要る…。

愛知トリエンナーレ 見てある記①

電凸で幕開けした愛知トリエンナーレ、もっぱらの印象は電凸された作品に枠とられてしまっている感があるが、会場に足を運んだものとしては(芸術祭の開催地市民として表や裏をちょっと垣間見たものとしては)、そのほかの作品に素晴らしいものが多かったし、そこが語られないのはなんとももったいないとしか思えない。

何を見てきたか的、メモを少々。1日1作品。

旅館アポリア (喜楽亭)

最初に見た作品で、ドーンと一発一番印象に残ったものになった。

会場は料理旅館として、戦前戦中戦後と栄えた建物。戦前は養蚕業、戦中は海軍、戦後は自動車産業関係者の御用達の高級料亭。

2階建て、すべてを雨戸で締め切り、部屋ごとにこの建物の歴史とからまる時代の映像を流して見せる。

ある部屋では、神風特攻隊草薙隊が、任務に赴く前日この宿で過ごした。隊員の手紙が当時の写真の映像とともに写される。

またある部屋では、小津安二郎(宣伝部隊として南洋に派遣された)の作品や横山隆一(同じく宣伝部隊として漫画を多数残している)の作品とともに、激動の時代を映し出している。

作品の紹介にある通り、歴史の授業で学んだ通り一遍の(しかも後付けである)ことしか知らない私にとって、その時代の空気や複雑で相反する背景などが、映像とともに波打つような共感を呼ぶ。

映像作品はどちらかというと苦手だし、一番最初に行った会場で先を急ぐ気分満載であったにもかかわらず、全部屋の全映像を残すところなく見てきた。

この作品を、歴史の授業に取り入れてたら、と思う。教科書に書かれた遠い時代の関係ないこととしての戦争が、今ここにあると感じられるに違いない。

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