2002年~2004年ごろに書いていた本の感想
*****
博士の愛した数式 小川洋子著 新潮社 ¥1500
事故の後遺症で、記憶が80分しか持たなくなってしまった「博士」とそこへ派遣された家政婦、そしていつしか博士になついてしまい博士から「ルート」と呼ばれる家政婦の子ども、その3人が過ごす80分の連なりとしての時間。
人間は記憶の総体として今在るのだけれど、その記憶がない、思い出が作れないということは、不幸なのだろうか?この物語を読んでいる限り、そうとはいえないと思った。3人が繰り返す80分は永遠に続く「今」でもある。記憶の限界のかなたにある過去にとらわれることなく、今を穏やかに楽しく過ごせるとしたら、ある意味なんて幸せなことだろうとさえ思う。
「過去はきれいさっぱり水に流して」なんてよく耳にするけれど、流したはずがどろどろと渦まいてよどんでいたりするほうが多い。忘れられたらどんなに楽になるかと思う過去の出来事だってたくさんあるに違いない。それほど記憶というものに振り回されているのが人間かも知れない。過去を引きずることなく、今を大切に生きることが、生きることのすべてという、簡単だけれどもなかななできない生き方を隠喩のように物語った本。
読み終えて、なんともいえないすがすがしさが残る。