昨日、長くお付き合いしている先輩(80才女性)が久しぶりにカフェにいらした。随分と腰も曲がってしまったけど、バリバリの江戸っ子そのままに、口調は元気そのものだった…んだけど。
開口一番、ご主人が亡くなったと…。
ご主人は順天堂のお医者様だった人。東京にお住まいを持っているが、引退後のことを考えてか、地元常陸太田にもお住まいを建てられていた。一年前、癌と判明してからはさすがに仕事はお辞めになったようだが、引退後もこちらの病院で患者さんを見ていたようだった。
奥様である先輩は、病院の送り迎えや偏食のきついご主人(苦笑)の食事などを、一時期はぼやいていらしたものだったが。昨日は、ご主人の様子を、こちらが尋ねたわけではないのだが、堰を切ったようにお話していった。
病院に入院したのはほんの数日だったこと、最後まで一言も痛いとは云わなかったこと、抗癌剤などの治療は一切受けなかったこと、最後の最後まで話しかけることに対してきちんと応えてくれていたこと…。
ベッドに寄り添って、先輩が「こんな太い指や手でよくまぁ、細かい手術ができるものだねぇ」なんて言いながら、両手を代わる代わるさすっていたら、その手にぐっと力が入って握りしめてくれた、と思ったら息を引き取られた、と。
聞いていて、涙が出てきた。
戦後の復興時期を、モボ・モガで過ごされた若い日のこと、プレスリーの追っかけをしたこと、70近くなってから車の運転を覚えたこと、教習所で暴走族のあんちゃんたちと仲良くなったこと、つい最近までかっこいいサングラスをかけて、東京と常陸太田をランクルで往復していたこと、そんなかっこいい先輩から、こういう話を聞くとは思ってもいなかった。
常陸太田に建てたお住まいは、それはそれは素敵な広いリビングがある。一人になって広さをましたそのお住いで「音楽会なんか開いて過ごしたい」と。私にも、お手伝いできることがあるかもしれない。